山梨県北杜市白州町。南アルプス・甲斐駒ヶ岳の雄大な山々に抱かれたこの地は、日本でも有数の名水地として知られている。ここ白州で 300年近くにわたり、「七賢」をはじめとする日本酒を醸造し続けてきた老舗酒蔵「山梨銘醸」が、地域の魅力を五感で体験できる宿泊施設を完成させた。6月1日にグランドオープンを迎えた、1日1組限定の一棟貸しの文化邸宅「宿場esoto(しゅくば えそと)」だ。

「esoto」と書かれた暖簾をくぐって一歩足を踏み入れると、心地よい静寂を感じる。全6室(寝室3、ラウンジ1、リビング1、ダイニング1)からなる広々とした室内は、周囲の豊かな自然環境と調和しながら、ディテールにいたるまで洗練された美意識が息づいている。明治40年頃に建てられたという蔵元の分家邸宅の趣を生かし、現代のラグジュアリーな滞在にふさわしくモダンにアップデートされている。
明治時代のものだという欄間(らんま)
欄間(らんま)は明治時代のものが使用されており、長い歴史を感じる空間に、アンティーク家具などモダンな内装が融合している。マツやイトヒバが美しく手入れされた日本庭園を望む縁側に座り、鳥のさえずりを聞き、風を感じながら時を過ごす。それだけで、心がゆっくりとほどけていくのを感じるはずだ。


この宿の最大の魅力は、敷地内にあった歴史ある蔵を大胆に改修して造られた「蔵風呂」だ。山梨銘醸の北原対馬社長も「一番のお気に入りの場所」だという。
浴槽の中から窓越しに見る中庭は、まるで絵画のよう
重厚な扉を開けると、薄暗い蔵の中に、天窓から柔らかな自然光が差し込み、石造りの浴槽を照らしている。浴槽にたっぷりと満たされているのは、七賢の酒造りを支えてきた白州の銘水。湯舟に漬かりながら窓越しに中庭の木々を眺めていると、あっという間に時間が経っていることに驚く。
浴室にも日本酒が用意されている。「スパークリングも熱燗(あつかん)も楽しめます」と北原社長

食事は、宿泊者専用のダイニングで。目の前で料理人が腕を振るう、ライブ感あふれるカウンター席だ。地元の生産者が育てた食材を使用し、旬の土地の恵みを生かした料理が提供される。
焼き茄子と毛蟹、雲丹を重ねた一皿
甲州牛と豆腐、山菜の小鍋仕立て
鰻ご飯をそのままとお茶漬けで
そして、この食体験を唯一無二のものにするのが、醸造元である「山梨銘醸」が提案する日本酒とのマリアージュだ。脂の甘味のある肉には酸味が強い辛口の「七賢 甘酸辛苦渋」を、締めの鰻ごはんには鰻の野趣をすっきりとした余韻へと導くアラン・デュカスコラボレーションの「アラン・デュカス サステナブル・スピリッツ」、デザートにはサントリーの白州を。

年間150日に及ぶ国内外の出張を重ね、その豊富な宿泊体験の先に北原社長がたどり着いたコンセプトは、「お客様のわがままを聞く宿」。「酒蔵だからこそ、特に食に対する希望をかなえて差しあげたい。食材や調理方法など事前にリクエストをもらえれば、可能な限り応えていきます」と話す。
毎日料理長が甲府の市場で買い出しをしてメニューを決めるという朝食。食欲がわくようにと小鉢を多めにしているそうだ
「宿場esoto」での滞在は、単に「泊まる」だけでは終わらない。宿泊者には、この土地の風土や文化をより深く知るための、インスピレーションに満ちた特別な体験も用意されている。

例えば、七賢の水源地である南アルプスの麓(ふもと)を訪ね、水が生まれる原風景に触れるツアー。あるいは、蔵元が地域とともに取り組む、酒米「夢山水」の美しい田んぼを感じる時間。そして、普段は立ち入ることのできない醸造の現場である酒蔵へと足を運び、つくり手の熱い想いを聞きながら、仕込み水と限定酒を飲み比べる。
派手さや奇抜さはないが、豊かな自然と美酒美食が、ここには潤沢にある。「宿場esoto」での歴史的、文化的な体験を通して、上質な時間が過ごせるはずだ。
photo&text: Tomoko Hagimoto
宿場esoto
山梨県北杜市白州町台ヶ原2291
tel. 055-244-3895(予約専用)
1⽇1組限定・ ⼀棟貸し(最大4名)
1泊2食・体験付き 78,000円〜(税・サービス料別)
公式サイト:https://www.sake-shichiken.co.jp/information/1rpi86lw5n