Day 3 限りなく透明な空気と水が育むごちそうが待っている島へ
食をテーマとした旅をタスマニアでするなら、ぜひ訪れてほしいのがブルーニー島だ。島内に点在する食の小規模生産者たちが、それぞれのやり方で自然を生かした商品を作っているため、その場所をホッピングする楽しみがある。
タスマニアでガイドをつとめてくれたオーレリアンはフランス人でシドニーからの移住者。1~3人向けのショーファーサービス「EURide Tasmania」を経営
ショーファーサービスをしているオーレリアンにガイドを頼み、ホバートから車で南へ1時間、フェリーで45分の島へ向かった。
島に到着して驚いたのは、その空気のピュアさだ。空気がどこまでも透明なのだろう。森の緑、土の香りがいままでにないほど濃く感じられる。自然の息吹にまるごと体が包まれるような感じになるのだ。
ブルーニー島の「THE NECK」と呼ばれる細長い砂州。展望台へ昇る と、左右に海が広がり、北ブルーニー島と南ブルーニー島が一本の砂の帯で結ばれている様子を一望できる
ブルーニー島で訪れるべき“食いしん坊スポット”はいくつかある。まず、フェリー乗り場から近い「Bruny Island Cheese Co.」はその一つだ。
ここは、オーストラリアのクラフトチーズ文化を牽引(けんいん)する存在ニック・ハドウが立ち上げたチーズ工房。「ミルクを出す牛の暮らし方が味を作る」という考えのもと、自社でミルクを生産し、土地の個性を映したチーズを非過熱で作っている。
「Bruny Island Cheese Co.」は買い物だけでなく、試食やカフェ の利用もできる

ラインナップは生乳ハードチーズの「Raw Milk C2」「Raw Tom」、白カビタイプの「Saint」、ピノ・ノワールでウォッシュした「OEN」など。ビール造りは、チーズ造りで出るホエイを再利用したいという発想から始まった。Whey StoutはC2のホエイを使用
白カビタイプから生乳のハードチーズまで、個性の異なる複数のチーズを製造していて、自社のクラフトビールとともに試食ができる。食べてみるといずれもミルクそのものの優しい味わいが生きている。
チーズもさることながら、試食の時に出してくれた水のおいしさに驚いた。聞けば、これが例の雨水を溜めた“タンクウォーター”だという。初めて飲んだ雨水は、ほんのりとした甘い余韻を残し、何の抵抗もなく体に入ってきた。何にも染まっていない本当の無垢(むく)の味。ああ、これが“ピュア”ということなんだと、体を通して理解した。
なかでもミルクの草のような香りをしっかりと感じたC2がおいしかった
何にも染まっていない水は、素材そのものの香りや味を増幅させる。ここのチーズがミルク本来の香りをたっぷりと含んでいるのは少なからず、この水が影響していそうだ。
タスマニアの水の力は、人気の無人ベーカリー「The Bruny Baker」のパンにも感じた。「The Bruny Baker」は、道端の三差路に立つ木の根元に捨てられていた古い冷蔵庫を利用した無人のパン販売所。物語に登場するような景色が“インスタ映え”すると大人気になったのだが、私が驚いたのは、かじると小麦の香りがぶわっとあふれるサワードゥの味だったのだ。
三差路に冷蔵庫が捨てられている・・・と思いきや、パンの無人販売所。サワードゥ1個 、チョコレートビスケット1袋は、いずれも10オーストアリアドルで販売。以前は1台だった冷蔵庫も3台に増えた
「The Bruny Baker」 のパンを焼いているのは、南オーストラリア州のアドレードヒルズでカフェを営んでいたジョン・ブロック。2008年にブルーニー島に移住してきた。ジョンのパンは天然酵母を使い、薪(まき)窯で焼く。焼き上がったら車に積んでこの冷蔵庫まで来てパンを並べる。
ピュアな水の力だろうか。パンにかぶりつけばガリッと焼かれたクラストの香ばしさとパンの粉の香りが弾けるように口いっぱいに広がる。この香りがたまらない。
ホテルでパンをカットして朝食に
この冷蔵庫は、利用者の良心に代金回収を委ねる「オーネスティ・システム」で運営されている。訪れた人は、パンを冷蔵庫から取り出し現金を箱に入れていく。ときには行列ができるほどだ。人気のため午前中になくなってしまうこともあるので、心配な方は早めに買いにいくことをおすすめする。
ランチはガイドのオーレリアンも家族をよく連れていくという、オイスターレストラン「Get Shucked」へ。ここは、自社で牡蠣を育てている。毎朝収穫し、開けたての牡蠣をその場で食べられる “bay-to-bar(湾からバーへ)”のレストランだ。
オープンレストランの「Get Shucked」。目の前の海を眺めながら牡蠣を食べられる
冷たく清らかな海で育った牡蠣は、雑味のない塩味とプリッとした食感がたまらない。日本の牡蠣フライからヒントを得たというパフ、焼き牡蠣、生牡蠣のプレートをペロリと平らげる。
ぷっくりとした大きめの身が特徴。海中に吊(つる)した トレーの中で浮かぶように2~3年育てている

パフ(牡蠣フライ)、コチュジャンを使った焼き牡蠣、生牡蠣を盛り合わせたプレートが人気
“ブルーニー島の牡蠣”は良質牡蠣の代表ブランドでホバートでもよく見かけるが、「Get Shucked」が育てた牡蠣はこのレストランでしか食べられない。
他にも島には、タスマニア特有の蜂蜜を扱う店や、タスマニアウイスキーを試飲できる場所など見どころはつきない。次は、夕方海から帰ってくるペンギンたちを観察するためにも、島で一泊するのも良さそうだ。
Day 4 小さな町にあるリジェネラティブレストラン
最終日、ホバートから車で約40分のニュー・ノーフォークという小さな町へ向かう。ガイドのオーレリアンによると、ここには、「今タスマニアの食文化を語る上で絶対に外せない場所」があるというのだ。
そのレストランは広い畑を併設した「The Agrarian Kitchen」。シェフのロドニー・ダンはシドニーの名店「Tetsuya's」で和久田哲也氏のもとで働き、『Gourmet Traveller』誌のフードエディターも務めた料理人。妻のセヴェリンヌ・ドゥマネとともに、19世紀に精神医療施設として使われていた建物をレストランにした。
「The Agrarian Kitchen」の畑。右の石塀は精神医療施設時代の名残。入院患者が脱走しないように造られたものだそう。今は敷地内へのワラビーやパディメロンといった野菜の天敵を防ぐための防御壁になっている

リラックスした雰囲気のダイニング
レストランの裏には美しいキッチンガーデンが広がり、3人のフルタイム庭師が働いている。料理の発想はまず畑から始まり、食材の90〜95%にこのガーデンのものを使用している。発酵への情熱も格別で、旬に大量に取れる野菜や果物は無駄にせず、館内で発酵させ調味料に。この調味料はあらゆるところで料理のアクセントとして使われていた。
使われなくなった場所で循環型農業を行いながら、「リジェネラティブ(環境再生)」なレストランを運営しているのだ。
薪火をさまざまな料理に使用
注文ごとに作られるブッラータチーズはレモンの皮を発酵させたレモン味噌(みそ)が味の決め手だし、薪火で焼いたナスは自家製のソラマメ味噌とはちみつをからめることでご馳走になっていた。塩麹(こうじ)でマリネし、キッチンの薪火で燻製(くんせい)した後にグリルで仕上げたラムはしっとりと柔らかで、薪窯で焼かれたエシャロットの甘味がいい箸休めになっている。
奥は作りたてのブッラータチーズ。薪窯で焼くパンも美味
太陽が昇り、そして沈む自然のサイクルで野菜を育て、発酵という自然の力を借り、薪火という原始の熱源で調理する。太古の昔から変わらぬ手法で、今の時代の美味に昇華させる料理は実に滋味深い。
肉は近隣の農家から。野菜類はすべて自家栽培のもの
2024年、この店は『Gourmet Traveller』のレストラン・オブ・ザ・イヤーを受賞した。タスマニアのレストランとして初の快挙であるが、それも納得。シンプルだが力強い料理の数々は、ここまで来てよかったと思わせるものばかりだった。
空港で素晴らしい食の体験をオーガナイズしてくれたオーレリアンに別れを告げ、帰りの飛行機に乗った。
駆け足で訪れたタスマニアだったが、帰国してからしばらくこの島のことが頭から離れなかった。気がつけば私はこの魅力的な島にすっかり恋してしまったのだ。タスマニアの混じり気のないどこまでも透明な空気が、この島の美しさも、おいしさも、楽しさも強烈に伝えてきたせいかもしれない。
港から見たホバートの街並み
今度は、雪景色が美しい冬に来ようか。 いや、きっと季節ごとに何度も訪れ、そのたびにもっともっとこの島のことを知りたくなる予感がする。
text & photos: Misa Yamaji
【取材した場所】
The Tasman / Peppina:
www.thehobart.com.au MONA / FARO:
www.mona.net.au Get Shucked Oyster Farm:
www.getshucked.com.au Bruny Island Cheese Co. :
www.brunyislandcheese.com.au The Bruny Baker:
www.thebrunyislandbaker.com.au The Agrarian Kitchen:
www.theagrariankitchen.com協力 /
オーストラリア政府観光局 Profile
山路美佐(やまじ・みさ)
食と旅ジャンルの編集者。大学卒業後は総合商社に入社。その後出版社へ転職し、婦人誌ほかで食・旅の編集を担当。グルメ検索サイト「ヒトサラ」副編集長を経て、フリーの食と旅の編集者に。月の半分は国内外を飛び回り、最前線で働くシェフたちやホテル、生産者、日本の地方の魅力を取材。編集本に『広東名菜赤坂璃宮譚彦彬の味』(世界文化社刊)。
INSTAGRAMでは、日々の食と旅の出合いをつづっている。