南オーストラリア州の州都アデレードが最近美食の街として注目を集めている。日本ではあまりなじみがないかもしれないが、評価の高いワインの産地であることに加え、世界のトップレストランで経験を積んだシェフたちが続々と店をオープンしているのだ。また、都市の刺激と大自然がギュッと凝縮した地形、多様な移民文化が混じり合う独特の食文化も面白い。そんな、美食のネクストデスティネーションを3泊4日で旅した。
Day 1 市場から始まるアデレードの食文化
アデレード空港に降り立ったのは3月。迎えのクルマに乗り込み、窓を開けると、夏の名残の日差しのなかを、初秋の気持ちいい風が通り抜ける。
「ほら、あの山がアデレードヒルズ。ワイナリーにはもちろん行くよね? あそこのワインは最高だよ。今、右側に古い教会が見えた? アデレードは“教会の街”と言われているんだよ」。おしゃべりが楽しいドライバーの言葉に窓の外を見ると、煉瓦造りの教会が目に入る。開拓時代の建物と、現代の建物が調和した美しい街並みだ。
アデレードは緑が多く、古い建物が残っている美しい街だ
アデレードが自由入植者による計画都市として誕生したのは1836年のこと。流刑植民地だったシドニーとは異なり、ドイツ人、イタリア人、ポーランド人、近年ではアラブ諸国やアフリカからの人々まで、多様な文化的背景を持つ人々を受け入れてきた。この多文化の蓄積が、アデレードの地域の食文化を形作っている。その背景を理解したいなら、まず「アデレード・セントラル・マーケット」へ直行するのが正解だ。
街の中心にある「アデレード・セントラル・マーケット」
というのも、地元の人で賑わう、南半球最大規模の屋内生鮮市場を訪れれば、この街の食文化の縮図が見て取れる。ドイツ式のソーセージ専門店、コロンビアのトルティーヤの屋台、韓国のチヂミ屋にフランスのチーズショップなど、実に多種多様。さらには、1880年代から続くキャンディー専門店や「カンガルー島ストア」など、この地ならではの専門店もあるのが面白い。
鮮度抜群のオイスターに、イタリア移民文化を感じるポルケッタサンド。胃袋を満たしながら市場を歩けば歩くほど、アデレードの移民の歴史や土地の特異性が、そのまま食の多様性につながっているのだと理解できる。
カンガルー島のプロダクトのみを扱う「Proudly Kangaroo Island」
夜は薪火の名手が焼く、世界が認めたステーキを
マーケットから一旦ホテルに戻り、ディナーに向かったのが、「Arkhé(アーケイ)」だ。古代ギリシャ語で「起源」を意味する店名の通り、原始の調理法“薪火(まきび)”を使った料理が主役の店だ。
シェフのジェイク・ケリーはシンガポールのミシュラン一つ星「Burnt Ends」のヘッドシェフとして名を馳せ、2021年にこの店を開いた。美しい庭がある店内は、アデレードっ子で連日大賑わいとなっている。

「Arkhé」は、庭に面した開放的なテーブル席、オープンキッチンを囲むカウンター席がある。予約時に希望を伝えておくと良い
まず心をつかまれたのは、前菜のオイスターに、西オーストラリア・アブロホス諸島産のホタテムースのトースト。トーストの香ばしさに濃いホタテの甘みが口の中で混じり合い、オーストラリアの魚介の鮮度と質の良さに思わず唸る。
前菜のひとつで登場した、アブロホス諸島のホタテのムースをトーストと合わせたフィンガーフード。小さいながら味のインパクトは抜群
面白かったのは北京ダックのワンタン。ダックの身を入れたワンタンを鴨の骨からとった澄んだスープで仕上げ、18時間かけてムール貝のだしで火入れした薄切りの鮑を添えている。ステーキ店で北京ダック?と疑問に思うが、ここはオーストラリア。以前、オーストラリア人シェフに「オーストラリア料理とは?」という質問をしたところ、「一言で回答できないけれど、強いて言えば欧風のスタイルにアジアのエッセンスが自然に混じっているということかな」と教えてくれたことを思い出し、腑(ふ)に落ちた。
骨付きストリップロインのステーキ。前菜にステーキを2人でシェアしてちょうどいい量。アラカルトで注文できるので肉だけ食べて帰るのもOK
クライマックスは、骨付きのストリップロインのステーキ。牛肉は、ライムストーンコーストの腕利きの畜産家「Mayura Station」が育てるフルブラッド(100%純血)和牛だ。約20日間熟成させ、薪火でガリっと焼き上げている。
熟成香と炭の香ばしさが重なり合い、添えてあるハニーマスタードとクルミのピクルスがその香ばしさをぐっと増幅させる。こちらの店は2026年3月発表の「World's 101 Best Steak Restaurants」で16位に輝いているのだが、その実力をしっかりと感じる味だった。
サービスマネージャーのカマロン・フォレスト(左)、現場シェフのアンドレア・フランク(中央)
Day 2 アデレードヒルズへワインと美食を探しに
2日目は、評価の高いワイナリーが点在するアデレードヒルズへ。まず訪れたのは、市街から車で20分ほどの「ペンフォールズ・マギル・エステート」だ。ここはオーストラリアワインの歴史そのものといえる場所。1844年、英国から渡った医師のクリストファー・ペンフォールド博士と妻メアリーによって作られた。
醸造所のすぐ隣には、現在もシラー種の畑が広がる。樹齢70~80年の古木も
現在、ペンフォールズワイナリーのワインは、バロッサ・ヴァレーの最新設備の醸造所でほぼ造られているが、ここ、マギルエステートは創業当時の開放型コンクリート発酵槽を用いた原始的な醸造が今も行われている。
ふたがないプールのような発酵槽で醸造された「マギル・エステート・シラーズ」は、どんな野生的な味かと試飲をしたら、驚くほどスムースで品がいい味ですっかり気に入ってしまった。ここでしか販売していない希少性も背中を押して、お土産に早速購入した。
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ランチを楽しめるブラッスリーが併設されている
再訪を誓った、丘の上の美しきマウンテンロッジ
「ペンフォールズワイナリー」を後にし、この日の宿泊先、マウント・ロフティ山頂近くの高台に建つ「Sequoia Lodge(セコイア・ロッジ)」へ。ここは今回の旅でも楽しみにしていた目的地の一つでもある。全14室、18歳以上限定のラグジュアリーロッジで、南オーストラリア・ツーリズム・アワードで「ベスト5つ星ラグジュアリー・アコモデーション」を受賞し続けている名宿なのだ。
丘の上に立つモダンな建築

ロビーの大きな窓から見えるなだらかな丘陵の風景が圧巻
このホテルの魅力は、なんといっても周囲の自然に溶け込むように設計された建築にあるだろう。客室はベッドルームと、そこから一段下がったラウンジで構成され、天窓や大きな窓枠がピカデリーバレーの丘陵地帯を一面の絵画のように切り取っている。壁面の石造りの暖炉の炎のゆらめきが心地よい。
調度品はすべて南オーストラリアの職人や工芸作家の手によるもので、バスアメニティはアデレードに農場がある「ジュリーク」。もちろん、ミニバーのワインもクッキーもコンプリメントと、行き届いている。
ホテルは12歳以上限定。シックで落ち着いたインテリアは、まさに落ち着いた大人にふさわしい
細部にわたる心地よさに、部屋から一歩も出たくなくなってしまう。ルームサービスを頼み、静けさの中でぐっすり眠った。
テラスに出てスパークリングワインを飲む幸せ。秋の気配を帯びた風が肌に心地よく涼しい