「今日という日」を料理に映す。「カペラ京都」に生まれた「Single Thread」の世界

Lifestyle

2026.05.31

「今日という日」を料理に映す。「カペラ京都」に生まれた「Single Thread」の世界
京都・宮川町。花街の静かな余韻が今も息づくこの土地に、オープンしたホテル「カペラ京都」。そのシグネチャーダイニングが、カリフォルニア・ソノマでミシュランの三つ星に輝くレストラン「Single Thread(シングルスレッド)」初の海外店、「SoNoMa by Single Thread」だ。京都、そして日本の食文化と、カリフォルニアの自由な感性を重ねながら、“今日という一日”を料理で表現している。今までにない新しい食体験を楽しみながら、「Single Thread」オーナーシェフのカイル・コノートン氏と、日本の現場を仕切る富永敬太氏に話を聞いた。

Index

小さな扉の先に、12席の世界

今日だけの日本の景色をコースに

日本を料理で表現するということ


小さな扉の先に、12席の世界

「カペラ京都」に足を踏み入れ奥に進むと、中庭が見えてくる。その手前の小さな扉。

扉の障子を開けると、中庭に面したゆったりとしたラウンジが現れる。その先にあるオープンキッチンの12席だけのカウンターレストランが、「SoNoMa by Single Thread」だ。

白木のインテリアが気持ちいい。目の前で盛り付けなどの様子を見ることができる

白木のインテリアが気持ちいい。目の前で盛り付ける様子などを見ることができる

この店を監修するのは、アメリカ・カリフォルニア州ソノマでミシュラン三つ星に輝くレストラン「Single Thread」のオーナーシェフ、カイル・コノートン氏。「SoNoMa by Single Thread」は、彼が手がける初めての海外店舗となる。

「カペラ京都」でカイルが店を出す、と聞いた時、正直最初は意外に感じた。

というのも、「Single Thread」は農場、レストラン、宿泊施設が一体になった「Farm Restaurant Inn」であるからだ。24ヘクタールもある農園は農学博士の妻・カティーナ・コノートン氏が運営。“畑から料理がはじまる“という考えから、カイル氏は農場で収穫したその日の野菜や果物などを見てからメニューを決める。

カティーナが作る農作物と、畑の恵みのおいしさを伝えるカイルの料理を最短距離でつなぎたいという思いをカタチにした店だ。

「SoNoMa by SingleThread」を監修する「SingleThread」のシェフ、カイル・コノートン氏(左)と妻で農学博士のカティナ・コノートン氏

「SoNoMa by Single Thread」を監修する「Single Thread」のシェフ、カイル・コノートン氏(左)と妻で農学博士のカティーナ・コノートン氏

京都では当然彼らが運営する農園はないし、カリフォルニアと京都では手に入る野菜をはじめとする食材は全く違うだろう。こうした環境でどういうレストランにしたのだろうか。

期待と少しの不安が入り交じった気持ちで店を訪れた私を、カイルとカティーナは笑顔で迎えてくれた。

「まずは、ラウンジでアペリティフを楽しみながらアミューズを召し上がってください。ゆっくりしてから、ダイニングにきてくださいね」

カペラ京都の中庭。植栽と石組みが美しい

カペラ京都の中庭。植栽と石組みが美しい

取材に訪れたのはちょうど桜シーズン。シャンパンを片手に中庭へ目をやると、満開の桜の木が目に入る。そこから店内に視線を戻せばカティーナが生けた生け花や、額装して作ったというシラカバのアートがラウンジを彩っている。

里山の四季の風景を感じる店内で運ばれてきたのはシャンパンと、出たばかりのホワイトアスパラの昆布締めや、ボタンエビのタルタル。小さなアミューズをつまみながら静けさの中に身を置くと、慌ただしい日常から離れて気持ちがスッと落ち着く。ほっとひと息ついてから、ダイニングへ向かった。

「SoNoMa by SingleThread」のシェフ冨岡渓太氏(右)キッチンスタッフとともに

「SoNoMa by Single Thread」のオーナーシェフ、カイル・コノートン氏(左)、シェフの富永敬太氏(右)とキッチンスタッフ

広いオープンキッチンに面したカウンター席は、すっきりした白木を基調としたインテリアで気持ちがいい。キッチンでは、カイルと、京都のシェフを務める富永敬太氏のほか、スタッフの方がキビキビと働く様子を見ることができる。

今日だけの日本の景色をコースに

春のコースは、彩り豊かな前菜から始まった。ダイナミックな信楽焼の器に盛り込まれたのは、春子鯛(カスゴダイ)の抹茶棒ずしと百合根まんじゅう、鴨(かも)レバーのパルフェを道明寺粉で包んで桜の葉に巻いたものや、富山のホタルイカに春菊のチミチュリソースをかけたものなどなど。色とりどりの小さな料理の盛り込みは、日本料理の八寸のような仕立てだ。

「春爛漫 京都 想乃間」と名付けられた前菜

「春爛漫(らんまん) 京都 想乃間」と名付けられた前菜

「『California meets Kyoto』と言うと、創作和食でしょ、とおっしゃる方もいます。でもまったく違うんです」とカイルは言う。

カイルの料理は、日本の影響を多いに受けているのは事実だ。しかしそれは表面的な“フュージョン”ではない。日本料理の経験は彼を形作っているピースの一つなのだ。

ロサンゼルス生まれの彼が日本に興味を持ったのは、父親の影響から。日本企業と仕事をしていた父親が日本の食材をことあるごとに持って帰ってくるのが何よりの楽しみだったと教えてくれた。

目の前で燻した桜鱒を仕上げるカイル氏

目の前で燻(いぶ)したサクラマスを仕上げるカイル氏

16歳になったとき、カイルは地元のすしバーや、日本料理店で働き出した。その後、日本に飛び、北海道の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャパン」、ロンドンの「The Fat Duck」で経験を積んだ。

今の「Single Thread」の料理は、こうした彼自身がたどってきた多様な経験をもとに、その日に採れた大地の恵みの魅力を、最大限引き出したものだ。けれど、この料理のスタイルを一言で言うのは難しい。彼自身、「私も、表現する言葉がまだ見つからないんだよ」と話すほどだ。

シェフの冨岡渓太氏は18歳のときに来日し、「てのしま」で日本料理を学んだ後、帰国して「SingleThread」に入社

シェフの冨岡渓太氏は18歳のときに来日し、「てのしま」で日本料理を学んだ後、帰国して「Single Thread」に入社

京都の店を仕切るのは、「Single Thread」で働いていた富永敬太だ。ソノマ生まれソノマ育ちの彼は、日本とソノマをつなぎ、カイルの考えを料理に落とし込むまさに“ハブ”となりえる人物。カイルと相談しながら、「SoNoMa」ならではの料理を生み出していく。

金目鯛とさくらブリの「柑橘お造り」

金目鯛(キンメダイ)とさくらブリの「柑橘(かんきつ)お造り」

たとえば、この日のお造り。金目鯛とさくらブリの刺し身は、不知火(しらぬい)と金目鯛の出汁(だし)を合わせたポン酢に、凍らせた不知火(柑橘)の果肉を散らして登場した。

さくらブリは「食感の変化と、かみごたえを楽しんでいただきたくて」とあえてキューブ状にカット。液体塩麹(こうじ)でマリネして桜のチップで軽く燻製(くんせい)にすることで、金目鯛のシンプルな刺身とはまた違う仕立てにしている。

「モルテッドインカの目覚めじゃがいも」

「モルテッドインカの目覚めじゃがいも」

「Single Thread」本店のシグネチャーディッシュ「モルテッドポテト」は、京都では一番出汁を土台にした茶碗蒸しへと姿を変えていた。

しじみと新玉ねぎの甘酢漬けを加えたクリーミーなポテトピューレの下には、ふるふるとした茶碗(ちゃわん)蒸しが。「本店ではジャガイモのピューレにトリュフを合わせたりするんですが、京都では出汁と茶碗蒸しをベースにしました」と富永シェフ。出汁と茶碗蒸しと組み合わせることで、一気に日本的な顔になる。

「毛蟹ご飯」。カイルが明治創業の乾物問屋「尾粂」と開発した出汁をベースに使用

「毛蟹(けがに)ご飯」。カイルが明治創業の乾物問屋「尾粂(おくめ)」と開発した出汁をベースに使用

締めは「カニ玉」と呼ばれる土鍋のご飯。カイルが本店でも愛用する長谷園の土鍋を使い、カニ出汁で雑炊のように仕立てたものだ。食べるときには、カニみそと卵黄を合わせた濃厚なソースをかける。さらっとしたご飯は、コースの最後でもするするとおなかにおさまった。

日本を料理で表現するということ

「SoNoMa by Single Thread」のコースを通して感じたのは、チャーミングな野原の花畑のような料理だということ。メインとなる四季の食材に、奥ゆかしいけれど、ハッとする香りやアクセントが加わっている。どれも日本料理ではないけれど、日本をしっかりと感じるのが不思議だ。

そんな感想を伝えると、カイルはこう話してくれた。

「春の恵み」五十棲農園タケノコ、山菜、ブラックオリーブ

「春の恵み」五十棲農園タケノコ、山菜、ブラックオリーブ

「京都には京都の食の伝統をしっかりと伝える日本料理がたくさんあります。私たちはそういう料理はできませんし、やる必要もないと思います。私たちは、日本文化にリスペクトを持ちながら、季節ごとの日本らしい食材や工芸を海外に伝える翻訳者のような料理を目指しています」

なるほど、その絶妙なバランスは、すでに20年近く日本を行き来し、京都にも数えきれないほど訪れているカイルだからなせることに他ならない。

カイルとカティナが、ともに石割農園を視察したときの一コマ

カイルとカティーナが、ともに石割農園を視察したときの一コマ

彼らの料理に”野原の花畑”のような印象を持ったのは、何よりも大切にしているのが、その日だけの“旬”だからだろう。京都の店には畑はないが、野菜は石割農園など、自身が足を運び、信頼している農家から届けてもらっている。畑との距離が近い本店同様、“その日届いた食材の魅力を引き出す今日だけの料理”であることを大切にしているのだ。だからこそ、その美味は世界中の人を素直に魅了するのかもしれない。

日本の食に初めて触れる人には、その扉を照らす明かりとして。日本料理を知り尽くした人には、見慣れた景色のなかに見つける、新しい光として。「SoNoMa by Single Thread」はどちらの側であったとしても、訪れるたびに、新しい発見とともに楽しめるレストランである。

text: Misa Yamaji

SoNoMa by Single Thread(カペラ京都)
住所:京都府京都市東山区小松町
URL:https://capellahotels.com/en/capella-kyoto/dining/sonoma

Profile

山路美佐(やまじ・みさ)

食と旅ジャンルの編集者。大学卒業後は総合商社に入社。その後出版社へ転職し、婦人誌ほかで食・旅の編集を担当。グルメ検索サイト「ヒトサラ」副編集長を経て、現在はフリーの食と旅の編集者に。月の半分は国内外を飛び回り、最前線で働くシェフたちやホテル、生産者、日本の地方の魅力を取材。編集本に『広東名菜赤坂璃宮譚彦彬の味』(世界文化社刊)。INSTAGRAMでは、日々の食と旅の出合いをつづっている。

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