京都・祇園のすぐ隣にありながら、地元の人がゆっくりと行き交う静かな花街・宮川町。舞妓(まいこ)がおけいこ帰りにお餅屋に立ち寄り、豆腐屋ののれんがゆれ、金物屋の主人が店先で仕事をしているーーそんな生活の気配が今も色濃く残る場所だ。その路地の一角に2026年3月、世界が注目するラグジュアリーホテルブランド「カペラ」が日本で初めて扉を開いた。その魅力はいかに? ホテルに宿泊し、総支配人のジョン・ブランコ氏に話を聞いた。
星の名を持つホテルブランド——その正体
カペラ(Capella)。そのブランド名はぎょしゃ座で最も明るく輝く星に由来する。
リッツ・カールトンの元トップ、ホルスト・シュルツェ(Horst Schulze)氏が2002年シンガポールで創業したこのホテルブランドは現在、バリ島・ウブド、バンコク、上海、シドニーなど世界10拠点に展開中。土地の文化に深く根ざし、パーソナライズされたサービスと地域のカルチャーを取り入れた美しいデザインで旅人を魅了してきた。
『Travel + Leisure』の「World's Best Awards」においても、2023年から3年連続でベストホテルブランドに選出され、比較的新しいホテルにもかかわらず、世界の旅行通のあいだで熱烈な支持を集めている。
昔ながらの街並みが残る、宮川町界隈
その「カペラ」が日本第1号のホテルを作る場所として選んだのが、京都・宮川町だ。ホテルが建つのは、かつて「新道小学校」があった場所。このエリア再生プロジェクトの一環として、隣接する宮川町歌舞練場の保存・再生、そして新たなコミュニティセンターとともに地域に根付く施設として、構想5年、丸3年の建築期間を経て誕生した。
このホテルを率いる総支配人はジョン・ブランコ氏。「カペラバンコク」を「世界のベストホテル2024」で世界No.1にした人物だ。
「カペラ京都」総支配人のジョン・ブランコ氏
カペラの特徴をひと言で言うと? そんな質問をブランコ氏に投げかけてみると、「"Excellence in the Craft of Hospitality"でしょうか」と答えてくれた。
「"クラフト"とは、一つひとつ向き合って考えて異なるものをつくることです。例えばお客さま。その人がどんな人なのか。なぜここに来たのか。何を愛しているのか。それを理解して、関わり方を変えていくことを大切にしています。ホテルが建つ土地もそうです。その土地ならではの個性はどう表現できるのか。たとえばここ京都、そして宮川町では、花街文化がある。それをどう伝えるか。カペラとは、一つ一つの個性と向き合い、大切にすることをホスピタリティと考えています」
その言葉を聞きながら、なるほどと思った。
祇園から一本入るだけで観光客も少ない“暮らし”と京都らしい“文化”が今も息づく宮川町エリア。ここなら、カペラの精神と呼応し、地域もそしてホテルゲストの滞在も、彩りあるものになるに違いない。
「この場所は特別です」とジョンは続ける。「観光客は大和大路通を歩いて八坂通を上がり、清水寺へ向かいます。宮川町側には、それほど来ません。それがいいんです」
建築とアートからメッセージを感じる
建築を手がけたのは、隈研吾建築都市設計事務所。インテリアデザインはシンガポールを拠点とするBrewin Design Office(ブリューイン デザイン オフィス)が担った。コンセプトは「現代の町家」。
外観はひたすらに控えめだ。路地のスケールに合わせた地上4階建ての低層構成。壮大な車寄せも、「THE LUXURY HOTEL」と主張するサインもない。古い町家と自然になじむたたずまいは、ホテルが地域に対して構えていないことの、建築としての表明だ。
天井が低い入り口。さりげない外観に一瞬通り過ぎてしまいそうになる
しかし、小さな門をくぐり、細い通路を抜けると——世界が変わる。
扉が開くと、エントランスに吊(つ)られた巨大なオブジェが視界に飛び込み、井草の匂いに包まれる。このオブジェは古くから結界・魔除けとされてきた「しめ縄」から発想を得たアートだ。「ここからカペラの世界へ入っていただく」という、ある種結界のような意味が込められているという。
扉を入ったゲストを迎えるのは、京都・花背で活動をしている作家・藤井桃子さんの作品
さらに奥へ進むと、眼下に岩を大胆に配したアトリウムが広がり、逆側に目を向けると建物が囲むような静かな中庭が迎えてくれる。そこを通り過ぎると、ゲストが思い思いにくつろぐラウンジが現れ、その先に控えめなチェックインカウンターが見えてきた。
「普通のホテルは入り口の先に大きなロビーがあって、フロントがありますよね。でもここでは、ミステリアスな京都を探索しているようではありませんか?」とブランコ氏。確かに路地を抜けた先に突如として美しい寺社が現れるような、京都特有のワクワクを構造で感じることができる。
地下はバンケットとスパのフロア。花崗(かこう)岩を切り出し積み上げた水盤は迫力満点
体全部で感じられる客室の心地よさ
全89室(うち29室がスイートカテゴリー)の客室は、障子、組子細工の木材、石などの天然素材が中心だ。客室の天井高はあえて抑えられ、町家のスケール感が意識されている。包み込まれるような温かさを感じる空間だ。お風呂好きの方なら、温泉を楽しめる温泉スイートをぜひ。京都市内の源泉を引く運び湯ではあるが、半露天の温泉風呂に浸かりながらテラスの小さな石庭を眺められる。
このホテルを象徴する客室は二つある。宮川町歌舞練場を臨む「プレミアシアタールーム」と、建仁寺を正面に望む「カペラスイート」だ。
リビングから建仁寺を望む「カペラスイート」
どちらも、ここにしかない景色があるのが魅力だ。夕刻には、装いを整えた芸妓(げいぎ)や舞妓が路地を歩く姿を眺めることができるだろう。「カペラスイート」の窓の先には東山の稜線(りょうせん)が広がり、八坂の塔の五重のシルエットが瓦屋根の向こうに浮かぶ。
「プレミアシアタールーム」の窓からは隣の歌舞練場が間近に見える。開け放して歌舞練場などの建物を楽しむのもよいが、あえて薄いロールスクリーンを下ろして半透過の柔らかい光でくつろぐのも捨てがたい。畳のような床のカーペットは素足で歩きたくなる気持ちよさだ。
「プレミアシアタールーム」。歌舞練場を上からじっくり眺めるのも面白い
眠りへのこだわりも際立っている。ベッドには600番手のシーツが用いられ、布団で寝ているようなしっとりと沈むベッドパッドも心地よい。
ベッドサイドのフットマットは、足を下ろした瞬間の感触まで考え抜かれたふわふわ加減。ウッドファイバー素材(木の廃材から作られた繊維)で作られたパジャマはとろけるような肌触りで、羽根のように軽やかだ。
ターンダウン時にベッドサイドにふかふかのフットマットを置いてくれる
こうした五感を満たす細部までの心遣いは、日本の旅館にも通じる“おもてなし”の精神を感じる。
ホテルの中で過ごすのが楽しくなる体験
カペラのシグネチャースパ「Auriga Spa(アウリガスパ)」は、月の満ち欠けとホリスティックな思想にインスパイアされたコンセプトを持つ。ここでゆっくり施術もいいが、おすすめは、スパ内の貸し切り個室温泉だ。庭園を眺めながら温泉にゆっくりとつかり、ほてったらリビングのソファに座って読書。客室とはまた違うくつろげる空間は、連泊などするときに気分が変わっていい。
スパにある、貸し切りの個室温泉
また、ブランコ氏が“カペラをカペラたらしめている”と語るのが、宿泊者のためのさまざまなプログラムだ。
毎日16時45分頃から始まる「カペラリチュアル」では、宮川町の芸舞妓が訪れ、舞を披露する。ただ鑑賞するだけではない。少人数で直接、芸舞妓さんに質問をしたり交流をし、一歩踏み込んで文化を知ったりことができる。
「カペラモーメンツ」は参加型の無料アクティビティ。日本酒テイスティングや水引作り、風呂敷ワークショップなどが開催される。こうしたアクティビティは海外の人向けのように思うかもしれないが、実際参加してみるととても楽しい。
この日のリチュアルは、舞妓さんの舞。この後のコミュニケーションの時間では、海外の方から多くの質問が飛んだ
「カペラキュレーツ」もカペラを知る人なら必ずチェックをするという、有料人気プログラム。たとえば歌舞練場での特別鑑賞、創業約150年の草履工房「祇園ない藤」での草履誂(あつら)え体験、漆芸家による金継ぎワークショップなど、一般の旅人では開かない扉へホテルを通じてアクセスが可能なのだ。
さまざまなシチュエーションで使えるレストラン
さて、長くなったが、最後にカペラ 京都」の魅力、ダイニングについてもお伝えしたい。
館内には、アメリカ・ソノマの名店、「シングル・スレッド」の海外初プロデュースとなる「SoNoMa by SingleThread(想乃間 by SingleThread)」、フレンチブラッスリー「Lanterne(ランテーヌ)」、バー&ナイトダイニング「宵」、そしてペストリーブティック「The Patisserie(ザ パティスリー)」の4店舗が入る。
朝食会場にもなる「Lanterne(ランテーヌ)」。明るく開放的な空間
「SoNoMa by SingleThread」は別の記事で詳しくリポートしたいが、4軒ある個性あふれるレストランは様々なシーンで使い勝手がいい。朝から深夜まで、それぞれの時間帯にふさわしい、とっておきの食の体験が待っている。もしも、あなたが近場で行くところに悩んだら訪ねてみるのはいい選択だ。
ペストリーブティック「The Patisserie(ザ パティスリー)」は「SoNoMa by SingleThread」のエグゼクティブペストリーシェフのエマ・ホロウィッツと、東京のミシュラン三つ星「レフェルヴェソンス」出身の森田実生が手がける。美しいケーキは手土産にも喜ばれるだろう。
ケーキはその場でいただくことが可能。「SoNoMa by SingleThread」を監修しているシングルスレッドのシェフ、カイル・コノートン氏の妻で農家のカティーナ・コノートン氏がディスプレイを担当
外出をやめてホテルに滞在することが、忘れられない旅になる
最後にブランコ氏はこんなことを教えてくれた。
「多くのゲストは外へ出て観光をします。でも街はせわしなくて、疲れてしまうこともある。だからホテルに戻ってくると、“もう外出をやめてホテルで過ごしたい”と言ってくださる。そして、温泉に行き、リラックスして、ローカルな文化体験をする。何日間もホテルから出ずに時間を過ごす方も多いんですよ」
このホテルに泊まり、そう思うゲストの気持ちがよくわかった。
「カペラ京都」はそこにステイするだけで土地のエネルギーや歴史やカルチャーを色濃く感じられる。ここにいればいつの間にか、京都を旅する美しい映画の主人公になったような気持ちにさせてくれる、そんな特別なホテルなのだから。
text: Misa Yamaji
カペラ京都所在地:京都府京都市東山区小松町130
TEL:075-541-8877
客室数:全89室(スイート29室含む)
価格:1泊1室21万400円〜
公式サイト:
https://capellahotels.com/jp/capella-kyoto Profile
山路美佐(やまじ・みさ)
食と旅ジャンルの編集者。大学卒業後は総合商社に入社。その後出版社へ転職し、婦人誌ほかで食・旅の編集を担当。グルメ検索サイト「ヒトサラ」副編集長を経て、フリーの食と旅の編集者に。月の半分は国内外を飛び回り、最前線で働くシェフたちやホテル、生産者、日本の地方の魅力を取材。編集本に『広東名菜赤坂璃宮譚彦彬の味』(世界文化社刊)。
INSTAGRAMでは、日々の食と旅の出合いをつづっている。