© Raffles Hotel Singapore
すべすべした深緑色の引き幕が開かれた瞬間、息を呑んだ。目の前に広がるのは、キラキラ輝く絢爛豪華なヴィクトリア朝の社交場。ここで遊ぶのは貴族? それともブルジョワ? 「熱帯のグラスハウス(温室)」をイメージした「1887 by André」のダイニングルームは、このホテルのコロニアル様式の白亜の建築スタイルとも相まって、ドラマチックな空間を創り上げていた。
「1887 by André」をプロデュースするのは、アジアを代表する世界的スターシェフ、アンドレ・チャン。台湾で生まれ、フランスで研鑽(けんさん)を積み、シンガポールに自身の店「Restaurant ANDRÉ」をオープン。2011年、ニューヨーク・タイムズ紙で「飛行機に乗ってでも行く価値のあるレストラン」に選ばれるなど、シンガポールを現在のような世界的ガストロノミー・デスティネーションに押し上げた立役者。いわばガストロノミー・ツーリズムの先駆者で、シンガポールの国民的ヒーローだ。
メインダイニングをプロデュースするにあたり、「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」の蔵書や収蔵品をひもとき見いだしたのは、ヴィクトリア朝時代から現在まで継承されてきた、繊細な細工を施されたアンティークの装飾品、クラシカルな銀の食器、持ち重りするロゴ入りのカトラリー、燕尾(えんび)服の給仕が扱いそうな銀のテーブルワゴン、レトロなフォントも美しい当時のメニューなど。「新しい国」といわれるシンガポールの建国は1965年。一方「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」の開業は1887年。つまり国家より長い歴史がこの土地に確かに息づいてきたことを再認識した。
「このメニューに記されたヴィクトリア朝時代の料理が、かたちを変えながら現在までつくり続けられてきたとしたら? そしてこれから100年後までつくり続けていくとしたら?」
「1887 by André」のメニューはアラカルトが中心。時代を先取りしてそれをかたちにするスピード感や、「A Taste of Time」という唯一無二のコンセプチャルなメニューがいかにもアンドレらしい。何度でも食べたくなるクラシックメニューに、驚きのあるクリエイティブな料理や、往年のアンドレファンにはたまらないメニューが織り込まれている。「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」のアーカイブから発掘したヴィクトリア朝時代のメニューをモチーフにしたエレガントなメニューは、眺めているだけでも楽しい。
たとえばヴィクトリア朝時代のメニューからインスピレーションを得た「“タートルスープ” from 1887」。マレー半島の最南端に位置するシンガポールで食べられていたのは、おそらくスッポンではなくアオウミガメで、現在ではワシントン条約で捕獲が禁止されている。それならアオウミガメを使わずに、ヴィクトリア朝時代のゲストがタートルスープを飲んで感じていたであろう、リッチでエネルギーが満ちてくるような味わいをどうつくり出すか。
温かいアントレの「フォアグラのロワイヤル-メモリー」は、「オクタフィロソフィー(八角哲学)」というアンドレ独自の料理哲学に基づいて構成された、「Restaurant ANDRÉ」時代からの代表的な料理のリバイバル。「オクタフィロソフィー」とは、簡単にいうと、素材を主役に料理を構成する8つの要素ー素材そのものの味わい「ピュア」、素材の天然の塩味「ソルト」、生産者への敬意「アルチザン」、修業時代を過ごした南フランス「サウス」、食感「テクスチャー」、組み合わせのオリジナリティ「ユニーク」、過去の記憶に繋がる「メモリー」、その土地に根ざした「テロワール」のバランスを取ってひと皿に落とし込むことだ。
彼らしい遊び心にあふれているのがデザート。「レ デクリネゾン」と名づけられたメニューには、「オレンジ」や「みどり」など「色」が並んでいる。一般的に「デクリネゾン」といえば、ひとつの食材をさまざまな調理法で料理して、ひと皿に盛り合わせるフレンチの技法のことを言う。それをアンドレは食材ではなく「色」をテーマに、多彩な調理法のデザートを集めた。銀のトレイでサーブされるこのデザートは、「1887 by André」に行ったら絶対にオーダーしてほしい。同席者と色違いでオーダーして、写真を撮ったら間違いなく「映え」る。

多民族カルチャーで、「マリーナ ベイ サンズ」や「ガーデンズ バイ ザ ベイ」といった近未来的なランドマークをはじめ、活気溢れるリトルインディア、エキゾチックなアラブストリート、マレー文化と中国文化がミックスしたプラナカン文化が息づくカトン地区など、アイコニックなスポットがコンパクトに共存していて、街を歩くだけでも楽しい。
また、2026年は日本・シンガポール外交関係樹立60周年のメモリアルイヤー。もともと親日国ではあるが、「SJ60」をキーワードにさまざまなプロモーションが開催されている。3年ぶりに訪れると、日本フレンドリー度がより増しているようで、滞在中何度も「歓迎されて旅をしている」うれしさを感じた。江藤詩文(えとう・しふみ)
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