×

【仏ミシュラン二つ星シェフの新店フレンチ】博多から世界へ発信する「時間を味わう料理」

2025年9月14日、博多に誕生した一軒の隠れ家レストラン「L’Unique labo(リュニック・ラボ)」がグルマン界隈(かいわい)で話題になっている。 わずか8席に許された、特別な味覚の体験とは? シェフ濵野雅文(はまの まさふみ)の名言と共に、その魅力を探る。

「料理は二の次。それは最高の時間を過ごすアシストに過ぎない」

濵野シェフは開口一番こう言った。彼の経歴を知っている人には、単なる謙遜に聞こえるだろう。なんといっても、つい最近までフランス・ブルゴーニュのサンタムール=ベルヴュでオーナーシェフを務めていたレストランが、フランス版ミシュランにて6年連続で二つ星を獲得する栄誉に浴していたのだから。

リュニック・ラボの濵野雅文シェフ

しかし、この経験こそがシェフの一言に行き着いた。

「フランスで、レストランに対する最高の褒め言葉は『おいしかった』ではありません。『素敵な時間を過ごせた』と言われることこそ、うれしい褒め言葉。時間の過ごし方、豊かさを問うのがフランスのお国柄だと言えると思います。バカンス明けの会話も、『リラックスできた? どんなふうに過ごしたの?』と尋ね合いますが、日本のようにどこへ行ったかは重要視されないんです」

そのため、濵野シェフは初めて日本で手がけるレストランでは料理はもちろん、ゲストが過ごす3時間余りの時間を特別にするスタイルを模索した。2023年に帰国してから2年をかけた構想のすえ、時間を忘れて過ごせる、気がついたら「もうこんなに時間が経っていたのか」と思ってもらえるような場所が完成した。

まず、立地。ヨーロッパの路地に迷い込んだかのような場所に扉がある。初めて訪れる人は、ほぼわからないだろう。実はこの場所は、かつてチャペルだった場所。博多の地理に明るい人なら、「ホテル イル・パラッツォ」に併設されていたチャペルの跡地をリノベーションしたといえばわかるだろうか。

「知る人ぞ知るという場所が気に入りました。扉を開けると奥までアプローチが続くチャペルならではの間取りも魅力でした。気が付きましたか? ここには大きな窓がないんです。それも特徴です」。窓がないため、劇場のような雰囲気が漂う。フランスで長年培った技術と地元・九州の食材を融合させて、料理、空間、演出の全てを堪能できる“食の舞台”として理想的なものだった。

通常では席を作りにくい細長い敷地をも濵野シェフは逆手に取った。最初にソファとテーブル、小さなライブラリーがあるエリアを設けて、アペリティフや食後のコーヒー、紅茶を楽しむ場所にした。劇場でいうならロビーに当たる。ライブラリーにはフランスから持ち帰った料理の蔵書や、自身のレストランが掲載されたフランス版ミシュランのバックナンバーが並ぶ。仕切りを設けない代わりにアーチをつけて、ヨーロッパの“ガーデン”を連想させるウェイティングスペースになった。

ガーデンをイメージしたウェイティングスペース
アペリティフとしてポル・ロジェのシャンパーニュとアーモンドの砂糖がけ ブラックペッパー風味がサーブされる。アーモンドが入った小皿が載っているのはガラスのブックエンドを転用したもの

場が温まった頃、ゲストは中央の席へ案内される。U字形のカウンターに設けられた8席だ。

「レストラン名にあるUniqueは、フランス語で個性を表す言葉。ここで過ごす時間が唯一無二になるようにという思いを込めています。そのUをカウンターの形で表しました」

6メートルを超える天井高。優美なペンダントライトは花びらを表している。白と光のグラデーションをテーマに昼夜で照明の雰囲気が異なる

シェフ自らがカウンターの中で料理のサーブを行う。「指揮者のようなイメージです」と言うが、その采配が素晴らしい。料理を作って、コンセプトを説明しながらベストな状態の一皿を届ける。さらに、初対面の人が集まったカウンターを社交の場として、ゲスト同士の橋渡しを行うこともある。

全ては、唯一無二の時間をクリエイトするために。“もてなす”という簡単な言葉で言い表すことはできない。濵野シェフは、時間のエンターテイナーなのだ。

「シェフ一人の力はちっぽけ。チームの力が偉大」

「レストラン=舞台」というコンセプトのもと、キッチンを中心にしてゲストが調理の臨場感を体感できるデザイン。これが成功したのは、デザインチーム「telier oï(アトリエ・オイ)」による力も大きい。スイスを拠点に世界的に活躍するチームで、数々の国際的な受賞歴やグローバルブランドとのプロジェクトを行い、高い評価を受けている。HOTEL IL PALAZZOのリ・デザインを手掛けた事務所「内田デザイン研究所」に紹介されたことが縁でコラボレーションすることになったが、彼らも九州では初仕事。しかもレストランのデザインも初めてだったが、濵野シェフのコミュニケーション能力の高さで見事ユニークな空間が完成した。

「ブルゴーニュのレストランで体得したのは、チーム力の大切さ。人口550名の結束が固い村で受け入れてもらうには、自分が外国人であることを忘れず、一緒に働く5〜6名のスタッフに同じ方向を向いてもらう必要を痛感したのです。20名ほどの席を6名で担当していたのですから、悪戦苦闘の日々でかえって一体感が生まれたとも言えるかもしれません」。今回のスタッフたちとも、同じように少数精鋭でゲストを迎える。

ソムリエやシェフパティシエを含めてスタッフは6名

結果として椅子やソファ、サイドテーブル、サービスワゴンにいたるまで家具も全てアトリエ・オイのオリジナルとなった。空間全体に統一感が生まれ、この場で流れる時間全てが食の舞台にふさわしいものになるように整った。

空間の特徴として白が基調になっているが、これは料理を盛り付ける皿同様に、料理を最も引き立てる色だと思うからだそうだ。皿は、ベルナルドと有田焼の白い皿を愛用している。

ウェルカムプレートは、ベルナルドの白い皿に同じベルナルドのシャガールの絵皿を使用している

「ベルナルドには白のコレクションがあります。工房などを訪ねると、料理関係者専用の白の部屋で選ぶことができるのです。有田焼は、地元・九州の作り手を応援したい気持ちもありますが、純粋に指紋がつきにくく、割れにくく、重ねやすいところが気に入っています」

地元とのコラボレーションでいえば、メニューに描かれた絵は福岡県糸島市在住の風景画家・宮田ちひろ氏のものである。印象派に影響を受けた優しいタッチの絵は季節に合わせて年6回変わる予定だ。

リンクを
コピーしました