2023年4月6日、都心から約40分、JR南武線「西国立」駅から徒歩1分の場所に開業
戦前に建てられた老舗料亭「無門庵」の一部と庭園を生かし、独立した食房、茶房、1日4組限定の宿房から構成される「Auberge TOKITO(オーベルジュ ときと)」。2023年の開業にあたり、欧州の日本料理店で初となるミシュラン2つ星を5年連続で獲得した石井義典氏が、凱旋(がいせん)帰国した。海外で料理人として20年間、第一線を走り続けてきた石井氏が、拠点をロンドンから立川へ移すに至った理由とは?
大規模な再開発が進み、注目を集める西東京エリアの中核都市、立川。火付け役となった「グリーンスプリングス」を運営する「立飛(たちひ)ホールディングス」(以下「立飛」)が新たに手掛けたのは、約3,900平方メートルもの広大な敷地を有する和のオーベルジュ「オーベルジュ ときと」だ。
戦前に建てられた老舗料亭「無門庵」の建物の一部と庭園を生かし、独立した食房、茶房、1日4組限定の宿房から構成される、都市型オーベルジュ。デザイナーの緒方慎一郎氏率いる「SIMPLICITY」が建築およびインテリアデザインを担当し、伝統とモダンが調和した上質な空間が広がる。施設名の由来ともなる、ゲストのあらゆる“とき”に寄り添い、おもてなしの心を汲(く)むのは、総指揮を執る石井義典氏をはじめとした、一流の料理人たち。

「ロンドンで最初にこのプロジェクトの話を聞いたときは、僕も『なぜ立川に?』と不思議でした」。そんな言葉を皮切りに、自身の転換期について語る石井氏。海外で料理人として20年間、第一線を走り続けてきた石井氏が、拠点をロンドンから立川へ移すには、それなりの理由が必要だった。
「銀座や京都などの出店のお話はたくさんいただいていたものの、今さらそういった一等地に魅力を感じることはなかったのです。ところが、あきる野市に住む兄を訪ねたときに西東京エリアの豊かな自然と文化に触れ、興味が湧いてきました。このプロジェクトは立川だからできるし、だからといって本当の田舎でもないこの場所にとてもワクワクしたんです」
さらに石井氏を突き動かしたのは、再開発を主導する「立飛」の「立川のきちんとした文化を根付かせていきたい」という、この地に対する想いだったという。
もともと立川で飛行機の製造を行っていた「立川飛行機(のちの『立飛』)」は、戦争に伴い飛行機を軍へ収め、終戦後は米軍に接収されていた土地が返還されはじめたのを機に、立川を中心に不動産事業で発展していった企業。

「戦時中、この場所にあった『無門庵』は、日本帝国陸軍将校専用の旅館となり、立川飛行場が近かったことから、特攻隊の少年兵たちが最後の祝杯をあげたのも、この料亭だったと聞いています。そういった過去の歴史に背を向けることなく、事実として残したいと考える前オーナーさんと想いをともにし、『ときと』は戦前から続いた料亭の面影をできる限り残していきたいと、門構えはそのまま、蔵や茶室、屋根などを生かした設計となりました」
南武線西国立駅徒歩1分の立地で約3,900平方メートルという土地に対して、再開発を手掛ける大手デべロッパーならば本来、大型マンションを建築するのが望ましいはずだが、利益の追求よりも「立川のきちんとした文化を根付かせていきたい」という「立飛」の信念に石井氏は心動かされたという。

そうした視点で「ときと」を巡っていくと、「食房」はカウンター席を設(しつら)えた蔵や、テーブル席から臨む中庭が、料亭時代のものだと見てとれる。また、食器の多くは、建設時に掘削した土を使用して石井氏が自ら作陶したもの。伐採された木を利活用して器や箸として新たな息吹を吹き込んだほか、調理時や使用済みの箸を燃やす際に排出される炭の灰を釉薬(ゆうやく)として再利用しているという。

「宿房のみ、食房のみ、茶房のみの利用もできますが、あくまでメインは食房」と石井氏が話す通り、「ときと」の料理は、石井氏と同じ京都の老舗料亭で研鑽(けんさん)を積んだ、総支配人兼料理長・大河原謙治(おおがわらけんじ)氏と、料理長・日山浩輝(ひやまひろき)氏という匠の布陣が、キーパーソンとなる。



静岡県の猟師が仕留めるシカやイノシシなどのジビエ。これらの自然の豊かなめぐみが披露される。〈左〉石井氏が惚れ込んだ静岡県の猟師・太田さんの猪のお椀。〈右〉京都の農家・伊達さんのゆり根と黒トリュフ
「食材は天然のものばかりですから、『明日何キロください』と言うわけにはいかないし、どうしたってこちらが合わせていかないと。『半頭買いでいいので次、獲れた時にください』と伝えて、いつそれが届いたとしても、こちらが受け入れ体制を整えておかないと、いいお付き合いはできません。地道に築いてきた信頼関係があってこそなんです。例えば我々3人に共通する京都の修業先では、毎朝起きたら一番に農家さんに顔を出す習慣が当たり前にあって。当時からの繋(つな)がりで仕入れられる京野菜や、大河原の北海道の人脈で卸してもらえる北の大地が育んだ野菜など、この食房ならではの日本の食の豊かさに触れていただけると思います」


骨組みや屋根など料亭時代の面影を最大限残して設計されたのが、「茶房」。木戸を開ければ、地元の「狭山園」三代目、池谷香代子さんが仕切る、わび・さびの世界が広がる。掘り炬燵(ごたつ)とハイチェアの席を選ぶことができ、日中は好みのお茶とともに季節に応じてメニューが変わるアフタヌーンティー「茶請箱(ちゃうけばこ)」を提供。夜はバーとしての利用も可能だ。


真空管アンプでレコードが流れるレセプションを通り、石畳や石庭に続いて現れるのは、障子や土壁といった日本文化を取り入れた、落ち着きと重厚感のある客室。

106平方メートルの開放感あふれる客室には、リビングと寝室のほか、全室に温泉かけ流し露天風呂、スパトリートメントベッド、ミニキッチンを完備。都心の喧騒を忘れ、“誰にも会わず、何もしない”ことこそが、至福なのだと気付かされる。

朝食は食房でとるのが基本だが、宿房からすぐの位置に構えるバンケットルームでいただくことも可能。梁(はり)や柱は料亭時代のままを生かした和モダンの空間は、高揚感とともに上質なやすらぎをもたらす。

こうして、茶房でわび・さびの美意識に浸り、食房で日本の食の豊かさに触れ、宿房で“何もしない”境地を味わう。およそ24時間の至福に酔いしれることができる「オーベルジュ ときと」。“ときと”ともに異なる空間で、過ごし方も変化していく。これこそが真のオーベルジュの愉(たの)しみ方と言えるのではないだろうか。
text: Aki Fujii
・uka監修のスパメニューがスタート。静岡県「沼津倶楽部」でととのう時間
・英国の粋をクルーズで体感する悦び。クイーン・エリザベスが演出する旅の究極
Auberge TOKITO
住所:東京都立川市錦町1-24-26
電話番号:042-525-8888
公式サイト:www.aubergetokito.com