健人さんのピッツァ作りはいつ始まったのか。
「急に始まったのかもしれません。昔から好きだったので、いつか作ってみたいとは思っていたんですけどね」
初めての試作は、なんと自宅キッチンの魚焼きグリルで!
「うまくはいきましたが、ピッツァに必要な要素って高温なんですね。400度以上で焼かないとおいしくできないんです。そこで1分半焼くと水分が残ってちょうどいいんですが、家庭用オーブンだと時間がかかるため水分が飛んでしまいます。ピッツァを仕上げる際に重要なのは窯だったんです」
そんなとき、ちょうどポータブルのピザ窯なるものが世の中に流通し始める。もちろん使わない手はなく、案の定、劇的においしくなった。
「DJもピッツァもお客さんを喜ばせるという点では変わらないけれど、ピッツァは子どもからお年寄りまでいろんな人に喜んでもらえるのがうれしい」と、たしかな手応えを感じていく。

しかしサワードウの発酵や味はそう簡単にはいかない。乳酸菌が豊富なため発酵時間が長くなればなるほど乳酸菌が増えて、酸っぱい生地になってしまう。
「まるで人体実験だった」と言う沙織さん。「ちゃんと発酵していない生地を食べておなかが痛くなったことも。嫌になるぐらい、毎日ピザと発酵の話ばかりでしたが、本気なんだなぁって思っていました。でも、コロナ禍という悪状況がなければ、『ピッツェリアをする』なんてアイデアは浮かばなかったかもしれません」と振り返る。
農業に携わったとき、そのおもしろさに目覚めたのは沙織さんだった。そしてワイン好きなこともあり、北海道のワイナリーを見学して回り、ナチュラルワインの魅力にはまっていった。当時のことを沙織さんはこう話す。
「富良野から東京に戻っても、何もやることがなかったんです。だからワイン農家になるのもいいなぁと考えたんですね。でも農業はひとりではむずかしい。そうこうしながら地元に戻ってきたら、なんと駅前にシェアキッチンができていたんですよ。まるで用意されていたかのように(笑)」
何かの導きなのか、シェアキッチンの空きはあと一枠。サワードウピッツァに天然酵母を使ったナチュラルワインのペアリング!? 「やるしかない!」と声をあげた。
そこからはトントン拍子だった。シェアキッチンでは提供するメニューにさらに磨きをかけ、縁あって舞い込んだ下田の物件は内見後すぐに契約。決め手はやっぱりきれいな海。のちにイタリア人のお客さんから「まるで地中海沿いのイタリアだね」と称賛された店前には、水質最高ランク「AA」の海が広がっているのだから。天気のいい日はスカイブルーと白のコントラスト。ここが日本であることも忘れる、ラグジュアリーな異国ムードが漂う。
その頃、沙織さんは妊娠中だった。新たな土地で、新たに事業を始めることに不安がなかったわけではないけれど、悩んでいても無駄。2人は、「うまくいく未来しか想像できなかった」と言う。
大変だった農業経験は、食材の本質を見抜く糧となった。移住したばかりの頃は仕入れ先のツテもなかったが、移住支援サポーターの力を借りるなどして、輪がどんどん広がっていく。
2021年7月21日、フェルメンコはオープンした。

最初は、健人さんと沙織さん、スタッフ1人の計3人で切り盛り。「はじめちゃったからにはやるしかない」と意気込むも、緊急事態宣言は延長され、1年目の冬は客足が悪かった。
健人さんは当時を振り返ってこう言う。
「夜も営業していたんですが、ノーゲストの日がありましたね。ここは古い建物なので暖房も壊れたりして……。マッチ売りの少女のように、窯で暖を取ったなんて日もありました。凍えて帰宅する日もありましたが、がんばって続けていると少しずつ認知されていって。今では冬でもお客さんに来ていただけるようになりました」

発酵時間や温度、湿度など、たった1日でもだめになってしまうというサワードウ。安定感がないからこそのおもしろさがあるのだとか。
「3年目になってつかんできたところはありますが、おいしくなるかは最終的には神頼みのようなところがあるんです。でも “100%コントロールできない”、自然と一緒にやっている作業自体がすごく魅力的で。大自然の目の前というアドリブは、サワードウピッツァにしっくりくるんです」

子育てもしながらお店にも立っていた沙織さんは、「この3年は振り返るひまもないほど。いろんな人に助けてもらいながら、ここまでこれました」としみじみ。
「本当にいいスタッフや、人々に恵まれてきた」と健人さんも。続けて「下田の海やこの場所、生産者さんや地元の方々に助けられて、とても感謝しているんです。だからこれからは下田の街にもっと貢献していきたいですね」。
まだ彼らのピッツァにはつづきがある。きっと遠くない未来に、新たな場所で出合える日が来そうだ。
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interview & text: Tomoko Komiyama
FermenCo.(フェルメンコ)
住所:静岡県下田市吉佐美348-37
電話番号:0558-36-3643(予約可。予約の電話は営業時間内にのみ受付)
営業時間:11:00~15:00 L.O. 14:30、17:00~20:30 L.O.20:00 定休日:火曜日