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チリワインから学んだ「ワインとは文化だ」【三澤彩奈のワインのある暮らし】

標高700mの三澤農場(山梨県北杜市明野町)は、昼夜の寒暖差が15度以上に開くようになり、そして、秋日和の10月末、例年よりも2週間ほど早く2023年の収穫を終えました。

今年は、ブドウの生育期に気温が安定していたこと、また、収穫期にかけて雨量が少なく日照量に恵まれたことで、過去最速の熟期を迎えました。8月末に始まったスパークリングワイン用ブドウの収穫から、晩熟のカベルネソーヴィニヨンが熟するまでの2か月間、一貫して高い熟度のブドウが収穫できたことも特筆すべきことで、2023年は山梨ワインの当たり年となることを確信しています。

三澤農場

さて、ボルドーワインの最高峰の一つ「シャトー・ムートンロスチャイルド」を有するバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社がチリで手掛けるワイン「エスクード・ロホ」主催のワイン会が銀座「エスキス」で開催され、参加してきました。

エスクード・ロホ escudo rojo wine

2010年2月27日、マグニチュード8.8の大地震が収穫期中のチリを襲いました。当時、私は、季節の巡り合わせを利用して南半球のワイナリーと日本を行き来しながら、本来、1年に1度のワイン造りを2度経験するために、修業を重ねていました。

その年、私は、チリのワイナリー「ヴィーニャ・エラスリス」で3か月の修業を予定しており、地震からほどない3月17日、首都サンティアゴの空港に降り立ちました  。

実際に働いてみると、まず安定した気候に驚きました。3か月の滞在の中で、雨が降ったのは最終日のみ。ワインを購入するとき、フランスワインであれば、表ラベルに書かれたヴィンテージ(収穫年)から当たり年を探ることがありますが、チリワインのヴィンテージを気にかける方は、ほとんどいらっしゃらないと思います。それは、どの年も降雨の影響がほとんどなく、はずれ年がないからなのです。

また、チリ特有の価値としてよく挙げられるのが、多くのブドウ畑が自根で植えられているということです。

1860年代、ヨーロッパのブドウ畑をフィロキセラという害虫が襲いました。フィロキセラは、ブドウネアブラムシという日本名を持つように根に寄生します。そのため、現在、ヨーロッパの多くのブドウ畑では、フィロキセラに耐性のあるアメリカ原産のブドウ樹を台木として接ぎ木しています。チリには、このフィロキセラが上陸せず、今でも自根が守られているというのが、チリワインの魅力の一つになっています。

自根との相性が良いのか、それともチリの気候そのものに合っているのか、そこまでは掴(つか)み取ることができませんでしたが、メルロのような早熟の品種よりも、カベルネソーヴィニヨンやカルメネールと呼ばれる晩熟系の品種の方がチリには合っているように感じていました。私が担当していた主な品種もカベルネソーヴィニヨンでした。ボルドーの長期熟成型ワインを生み出している偉大な品種です。

カベルネソーヴィニヨン

しかし、私が経験した醸造は、フランス留学時代にボルドーで見聞きしていたアプローチとは全く異なるものでした。赤ワイン醸造の時に行われる抽出作業一つとっても、我が道をいくような挑戦的な醸造。それが革新的なチリワインを生み出しているのだと衝撃を受けたものでしたが、一方、「エスクード・ロホ」の醸造家、エマニュエル・リフォー氏のアプローチは、チリの風土を生かしたフランス的な醸造を行っているというものでした。ワインにも、ブドウの個性以上に醸造家が前に出ることがない、フランスのニュアンスが感じられました。

エスキスで開催されたワイン会のハイライトは、最後に提供された「バロネサ・ピー2019」でした。エスクード・ロホの創設者で、「シャトー・ムートンロスチャイルド」の礎を築いたフィリップ・ド・ロスチャイルド男爵の一人娘、フィリピーヌ・ド・ロスチャイルド男爵夫人へのオマージュとして造られたワインです。リフォー氏は、約25年前にゼロからこのワイナリーを立ち上げたときのこと、そして2014年に逝去した夫人へこれまでの感謝の気持ちを込めてこのワインを造ったことを話してくださいました。その言葉を噛(か)みしめながら、1本のワインをシェアしたとき、参加者全員が、夫人の夢を叶えようと奔走したリフォー氏の想いを理解し、その感謝の気持ちを共有できたような気がします。

文化を意味する「culture」の原義は耕すことにあり、ブドウ栽培を英語で「viticulture 」といいます。銀座の昼下がりに出会ったのは、インテリジェンスやスピリッツ、美しい心が生み出すワインでした。ワインとは、改めて文化であるということに感じ入りました。

エスクードロホの皆さまと
ブランドワイン部門マネージング・ディレクターのヴェロニク・オムブロエックス氏〈〉と醸造家、エマニュエル・リフォー氏〈中央

Profile

三澤彩奈さん

中央葡萄酒株式会社 栽培醸造責任者 山梨県の中央葡萄酒4代目オーナーの長女として生まれる。ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業し「フランス栽培醸造上級技術者」の資格を取得。2007年に中央葡萄酒の醸造責任者に就任。栽培と醸造に取り組む。 2014年に世界的ワインコンクール「デキャンター・ワールドワイン・アワード」の金賞を日本で初めて受賞。甲州ワインの名を世界に。「グレイスワイン」は海外で最も飲まれる日本ワインに成長。2021年11月、「甲州」の新たな魅力を引き出した「三澤甲州2020」を発売。
「グレイスワイン」のウェブサイトはこちら

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