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【鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」】カマンベールチーズ、熟成後の匂いは?

3点セットこそフランスの食事の原点

私が初めてフランスに行ったとき、道端に寝転がっているホームレスも、一等車に乗りこんでくるエリート・ビジネスマンも、昼食時になると、バッグから同じようにパン・ワイン・チーズの三点セットを取りだして、世にも幸福そうな顔をして食べ始めるのを見て、なるほどこれがフランスの食事の原点なのかと妙に感心したのを覚えている。

イラスト◎岸リューリ

またスーパーで、主婦たちが平然とチーズの箱の蓋をあけ、親指で芯を押しては真剣な眼差しで熟成度を調べている光景にしばしば出くわして、フランス人にとってチーズの熟成度は死活問題なのだと悟った。詩人のレオン=ポール・ファルグは言っている。「適度に熟成したカマンベールは神の足の匂い」と。

もっとも、カマンベールが全国区のチーズとなったのは意外に新しく、1890年にリデル某が、それまでは藁(わら)に包まれていたカマンベールを木の薄片で作った平たい円筒形の箱に入れる方法を発明してからのこと。これにより、カマンベールは長旅が可能になって、全国どこでも食べられるようになった。

しかし、それでも、フランス人は、各々の郷土のチーズを愛し、決して一つのチーズには統合されなかった。ド・ゴール将軍は、こうしたチーズの多様性を例に引いて、350種類以上ものチーズを産する国は治めがたいと言ったが、なるほど、チーズこそはフランス人の特性が見事に現われた食物なのかもしれない。

【グリの追伸】早いもので、ひとりごとを呟くのもこれが最後です。1年間、ありがとうございました。

シャルトリュー 猫 グリ 鹿島茂
ありがとうございました

photos: Shigeru Kashima

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Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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