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'撮影はすべて萩本朋子'

Fashion

撮影はすべて萩本朋子

中野香織さんが語る、新たな時代のラグジュアリーとは

ラグジュアリービジネスはどこに向かうのか。服飾史家の中野香織さんとマリ・クレールの高橋直彦副編集長が「深化するラグジュアリー」をテーマにハイブランドの変化や日本発の新しいラグジュアリーの可能性などについて語り合いました。

服飾史家の中野香織さんとマリ・クレールの高橋直彦副編集長による「深化するラグジュアリー」をテーマにした対談は「The Yomiuri Executive Salon 2021」のメインイベントとして、2021年11月25日に東京・渋谷の能楽堂で行われました。

高橋 中野さんとは2018年11月に「ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(社会的包括)」というテーマで対談させていただきましたが、今夏の東京五輪のテーマと重なっていましたね。また、新型コロナウイルスの感染拡大などによる価値観の変化が起きています。中野さんから見た近年の変化について聞かせてください。

中野 ファッションはいつも時代を先取りします。私たちが3年前に話していた「ダイバーシティー」や「インクルージョン」が今、ようやく普及してきたような気がします。地球環境への危機感が高まり、移動手段として自動車より自転車を選ぶ方が増えていると思います。コロナ禍で海外からの来日者数が減った面もありますが、国内産業への関心が高まっています。私自身もかつてないくらい日本のブランドを取材しています。

高橋 僕の周りでも東京を離れて下田や湘南といった地方に引っ越しをする人が増えるなど価値観の変化を感じましたね。東京五輪でも、ストリートスポーツを中心に競技によっては、何かの基準の中での一番を目指さない、お互いにたたえ合う選手の姿が印象に残りました。

中野 世界に目を向けると、西洋中心主義からの脱却が進んでいると感じています。移民受け入れの影響もあり、かつての「憧れのロンドンやパリ」といった姿が見えづらくなっています。また、世界全体でZ世代の存在感が高まっています。この世代は環境や社会貢献に対する意識が高く、強いコミュニティーを持ちたがっていると言われています。ただ日本のZ世代はもう少し内向きですが。

目に見えるラグジュアリーの変容

高橋 ハイブランドにはどんな変化がありましたか?

中野 「グッチ」や「バレンシアガ」などを擁するケリングは文化や芸術を守ったり女性のエンパワーメント向上に注力したりするなど、「強欲な資本主義」ではなく、「寛大な資本主義」を掲げています。2018年にフランスのケリング本社を取材しましたが、本社社屋は、1700年代に建築され病院として使用されていた歴史的な建造物を改修したものです。ケリング傘下の「グッチ」は、コレクションを「2022年春夏」といった年単位にしないことで洋服の廃棄を減らし、サステナブルなファッションを目指す姿勢を示しました。年間のコレクションの発表回数を減らす動きもありました。

このほか、ラグジュアリーブランドのリセール市場も活発になっています。ブランドにとっては偽物を防ぐ狙いがありますが、消費者にとっても中古市場で買うことはサスティナブルにもつながり、ビンテージでよい買い物ができるというメリットもあります。またケリングは傘下のブランドの毛皮の使用を禁止しました。ファーフリーについてはさまざまな意見がありますが、ブランドが立場を鮮明にすることで、消費者に意識を伝えやすいと感じました。

高橋 シャネルが環境目標連動債を発行しました。サステナブルな素材を使ってビジネスをしているスタートアップを応援するねらいもあります。プラダやサルヴァトーレフェラガモなども、サステナビリティに関する目標値の達成度合いを利息に連動させた銀行融資を受けていて新しい動きになりそうですね。

中野 サステナブル、生物多様性の確保、地球環境保全、ジェンダーギャップなどのキーワードからも分かるようにラグジュアリーも変容してきています。これからのキーワードは「コンシャス・ラグジュアリー」です。社会意識をどれだけ強く持っているかです。

「コンシャス・ラグジュアリー」とは

高橋 なぜ「コンシャス・ラグジュアリー」がキーワードになるのでしょうか。

中野 19世紀の「コンシャス・ラグジュアリー」は、誇示的消費、外に対してどうみられるかという「見せびらかしの消費」でした。それに対して21世紀は意識が自分と地球に向き始めています。新しいラグジュアリーは、キリスト教の世界で言えば、「カトリック」に対して「プロテスタント」が登場したのと似た意味があります。ラグジュアリーそのものの意味が変わりつつあるのです。これまでのラグジュアリーには、情報や文化格差のある世界での「富中心」の価値観がありました。排他的で選ばれた人たちの世界で、そこに関わることで階級を与えられているようでした。

しかし、これが少し時代に合わないとみなさんは直感的に感じていると思います。もちろん価値観も残っていくと思いますが、そうではない「プロテスタント」が生まれているのです。新しいラグジュアリーは文化格差がなくなる世界で、人間らしさの本質的な価値を追求するものになると思います。包摂的で文化創造的でともにコミュニティーを形成していく開かれた世界です。

アメリカのベイン・アンド・カンパニーが2020年11月に発表した「世界高級品市場レポート」によると、社会格差の拡大に対する問題意識の高まりがZ世代を中心に起き、2030年には文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる市場になるとしています。また2021年の同レポートのキーワードは、機敏で状況で変わる「アジャイル」、フィジカルとデジタルの造語「フィジタル」、そして「ヒューマニティー」です。

カシミア製品などで知られるイタリアの「ブルネロ・クチネリ」は、働く人の尊厳を大切にする人間主義的経営を行っており、これからの資本主義として多くの経営者がモデルにしています。イタリアの平均賃金の30%近くを上乗せし、職人の内なる創造性が発揮され、唯一無二の製品づくりができているそうです。本社は人口500人のイタリア中部のソロメオ村にあり、街を復興しイタリアの文化そのものを広めて理想的なモデルをつくり上げました。

高橋 創業者でCEO(最高経営責任者)のブルネロ・クチネリさんは2021年10月にローマで開かれたG20サミットで「人間主義的資本主義」をテーマに話をされていますね。ソロメオ村に2024年に完成予定の独自の「普遍的図書館」がどのような世界を見せてくれるのかも興味があります。では今後、日本ではどんなラグジュアリーの可能性があるのでしょうか。

日本のラグジュアリーの可能性

中野 日本でいうと、今回は京都などを除いてあえて歴史のないところから生まれたラグジュアリーに注目したいと思います。バングラデシュなどでバッグや服などを製作する「マザーハウス」は、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という意識で成長しています。代表兼デザイナーの山口絵理子さんが2006年に設立しましたが、現地で働く人の賃金を「日本と同程度に払う」という企業姿勢がZ世代に人気ですね。

「マメ・クロゴウチ」は、日本らしい官能性も魅力的ですが、創設者でデザイナーの黒河内真衣子さんのヒューマニティーやローカルアイデンティティーを感じます。長野県出身の黒河内さんは、ご家族が苦労して野菜を作る姿を見て育ち、「いいものをつくるには時間と労力がかかる」ことがわかっています。長野にも拠点を置いているのは、自分自身がどこに足をつけて感じたり仕事をしたり生活をしているのかがわかっている気がします。

高橋 「マメ・クロゴウチ」は今年の夏、ブランド設立10周年の展覧会を長野県立美術館で開催していましたね。

中野 このほかにも、アニマルフリーの動きとして、「Farm to Fashion」を掲げるブランド「カポックノット」があります。主に東南アジアで収穫される木の実から取れるコットンを使ってダウンなどをつくっています。愛知県一宮市に本社のある繊維メーカーの老舗KUNISHIMAは、日本では捨てられていた羊毛を集めてツイードをつくり、2020年秋からツイードコレクション「The J.Shepherds」として店頭で展開しています。ワインのように「2020年もの」「2021年産」と年ごとに異なる味わいをもつツイードが生まれる楽しみがあります。ラグジュアリーとして模範にしたいレーベルです。

宮城県の大蔵山スタジオは、伊達冠石(だてかんむりいし)という石を磨いて価値を付けています。そこにある石を磨いて価値を付けて売るという試みは、これからの日本に必要な視点です。本社のある大蔵山は、伊達冠石の採石場大蔵山の採石場で加工場です。伊達冠石にアートとしての意味をあたえ、海外からも注目されています。

高橋 これからの日本のラグジュアリーを考えるために大切な視点を教えてください。

中野 人間らしさや意識的であるからラグジュアリーです。ですから、答えは必ずしも明確ではありません。ラグジュアリーは社会価値や文化価値に貢献し、日本そのものの価値を上げることにつながります。日本はラグジュアリーについて真面目に考え、社会的、文化的に貢献する必要があります。国をあげてラグジュアリーに取り組んでほしいですね。これからのヒューマニティーは何かといった議論が必要です。


 


中野 香織(なかの・かおり)さん 服飾史家 専門はイギリス文化、ファッション史、その延長にあるラグジュアリースタディーズ。東京大学文学部・教養学部卒業、同大大学院総合文化研究科博士課程満期退学。英ケンブリッジ大学客員研究員、東大教養学部非常勤講師、明治大学国際日本学部特任教授などを務めた。2021年秋冬の経済産業省「ファッション未来研究会」委員。 著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史』。2022年春、『 新ラグジュアリー宣言 』 を共著で出版予定



高橋 直彦(たかはし・なおひこ)マリ・クレール副編集長 国内外のコレクションをはじめSIHH、バーゼルワールドなどのスイスの時計見本市、イタリアのミラノ・サローネを長年取材。読売新聞記者としてラグジュアリービジネスに関する紙面の企画・作成を多く手がけてきた。

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