パリ ファッション・ウィークの終盤を彩るのはシャネルというお約束。会場となったグラン・パレには宙を舞う鳥や大きな月が飾られ、来場ゲストをシャネルの世界へと没入させる幻想的な風景を描く。今季、アーティスティック ディレクターのマチュー・ブレイジーが目を向けたのは、多様な女性像。ガブリエル・シャネルが歩んだ人生をたどりながら、一人の女性の中に存在するさまざまな顔を描き出した。身体を縛る服から、動きと自己表現をかなえる服へ。メゾンが追求してきた「自由」を、過去、現在、未来をつなぐ83のルックに託した。
「対話―Part Three―ひとつの存在に宿る異なる表情」と題された今季。マチュー・ブレイジーが見つめたのは、完成されたアイコンとしてのココ・シャネルではなく、若き日のガブリエルが、いかにして自らの人生とスタイルを築き上げていったのかという物語だ。

ガブリエル・シャネルが生きた時代には、コルセットや厳格なテーラリングによって女性の身体を閉じ込めるようなスタイルが残されていた。今季のコレクションにも、コルセットワイヤーの軌跡、身体を囲むボディスの曲線など、その記憶が随所に刻まれている。
しかしブレイジーは、それらを身体を抑制する構造としてではなく、新たな動きを生むための要素へと置き換えた。身体に沿うニュートラルカラーのトップと、何層もの白いチュールが広がるスカートを合わせたルックや、淡いブルーのボディスからチュールが膨らむドレスは、上半身の緊張感と腰から下の空気をはらむボリュームが鮮やかな対比を描く。
メゾンの核であるツイードスーツにも、身体を解放するための変化が加えられている。ピンク、グリーン、ブラックなど、多彩な色で登場するジャケットとペンシルスカートは、端正な輪郭を保ちながらも、素材やウエスト位置、インナーの組み合わせによって印象を変える。終盤には、ボディウェアのような伸縮性を持たせたスモッキング ツイードのスーツが登場。シャネルを象徴する服を、現代の身体の動きに応えるパフォーマンスウェアへと進化させた。
ショーの始まりと終わりが呼応する構成も象徴的だ。第二の肌のようなボディウェアから、同じ柔軟性を備えたツイードスーツへ。若き日のガブリエルが感じていた窮屈さから、彼女自身が生み出した自由な装いへと、コレクションはひとつの円環を描いていく。
ガブリエル・シャネルが女性のワードローブへ持ち込んだメンズウェアも、重要な要素となった。肩の力を抜いたデザインのジャケット、ネクタイを合わせたシャツ、ゆとりのあるトラウザー、切りっぱなしのベスト。いずれも男性の服をそのまま借りるのではなく、女性の身体と生活のための服として再構築されている。
1930年代を思わせる縦長のイブニングドレスからも、メンズウェアのエッセンスを感じ取れる。ブラックのスパンコールがきらめくドレスや、ビーズ刺しゅうを施したニットドレスは、華やかでありながら自然と身体へなじむ。特別な夜のための装飾と日常着の気軽さを両立させることで、「エレガンスとはこうあるべき」という固定観念を打ち破った。
中盤で現れる雲のようなドレスは、今季の詩的なムードを象徴する。厚みの異なる透明なプリントシルクを重ね、ブルー、ホワイト、淡いピンクやグレーが混ざり合う生地に、空の奥行きを映し出した。モデルが歩くたびに生地の色と透明度が変わり、朝から夜へと移ろう時間まで服の中に取り込んでいく。
カードの絵柄を思わせるグラフィックやアニマルパターン、異なる柄を大胆に組み合わせたルックには、ブレイジーらしい遊び心が宿る。左右のアッパーにハートとスペードの異なるデザインを配したヒールや、強い色を差し込んだシューズも、端正なシャネルのスタイルにわずかな違和感を与え、装う人の個性を引き出していた。
そして、コレクション全体を貫くモチーフが鳥だ。アマツバメやツバメは、ボタン、ジュエリー、立体刺しゅうへと姿を変えながら、服の上に舞い降りる。会場の暗闇を横切る無数の光る鳥と、鏡のように景色を映すランウェイは、重力から解き放たれた女性の姿を思わせた。鳥は単なる装飾ではなく、ガブリエル・シャネルが生涯をかけて追い求めた自由の象徴として置かれているのだ。
衣服と同様に、バッグにも複数の時代と物語が交錯する。ガブリエル自身の「2.55」から、新しいクラシックを予感させるフラップバッグ、ウォッチチェーンのようなクラスプを備えたバッグ、雲の移ろいを映した「クラウド バッグ」、そして鳥かご型のミノディエールへ。それぞれのバッグが異なる女性像を担い、装いの一部として物語を進めていく。
ファーストルックで過去の「2.55」を携えたモデルが、最後にもう一度現れる。その姿は、過去へ戻ったのではなく、ガブリエル・シャネルの精神が現在を通過し、未来へと運ばれていくことを示しているようだ。
マチュー・ブレイジーが試みたのは、ガブリエル・シャネルの人生や過去のデザインを忠実に再現することではない。コルセット、メンズウェア、ジャージー、ツイードスーツといった異なる時代の記憶を手がかりに、それらが現代の女性にとってどのような意味を持つのかを問い直した。
ひとつのイメージに固定されないシャネル ウーマンは、端正でありながら奔放で、強さと繊細さを併せ持つ。クラシックを愛しながらもときにユーモラスな装いを選ぶ。矛盾する要素を打ち消すのではなく、すべてを自分の一部として引き受ける女性像だ。
装いにおける自由とは、ただ服を軽くすることでも、束縛を取り除くことでもない。自らの意思で服を選び、いくつもの自分を表現できることだろう。ガブリエル・シャネルが切り開いたその思想を、ブレイジーは素材と構造、そして83人の女性像を通して現代へとつないだ。
photos: CHANEL text: Azu Sato
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