ショーの会場が多彩!【マリ・クレールデジタル編集長のパリコレ日記②】
2026~27年秋冬のパリ・ファッションウィーク(パリコレ)が3月2日から10日まで開催されました。期間中、パリ市内各所でショーや展示会なども行われました。ファッションだけでなく、街で見かけた様々なモノやコトをつれづれなるままにつづります。
2026~27年秋冬のパリ・ファッションウィーク(パリコレ)が3月2日から10日まで開催されました。期間中、パリ市内各所でショーや展示会なども行われました。ファッションだけでなく、街で見かけた様々なモノやコトをつれづれなるままにつづります。
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「ローマは一日にしてならず」ではないけれど、メゾンも一日にしてならず。毎回、ここを訪問してメゾンが長年にわたって積み上げてきた財産と底力、そして奥深さに驚かされるのが、この「ラ ギャラリー ディオール」です。


今回はディオールの歴史がわかる常設の展示に加え、アズディン・アライア財団とのダブルエキシビションを開催中でした。2017年に亡くなったデザイナーのアズディン・アライアは、1980年代初頭に自らのブランドでデビューし、ボディ・コンシャスな服で一世を風靡(ふうび)した人で、服のコレクターとしても知られています。ここでは同財団に収蔵されているディオールの作品600点の中から100点を展示。チュニジア生まれのアライアは、1956年にディオールでわずか数日だけ働いたそうで、その時の記録も展示されていました。アライアのディオールのデザインに対する敬意は、その後のアライアのデザインにも大きな影響を与えているのだなあと、展示物を見ていて実感。


それにしても、このギャラリーにくると、ブランドがあらゆるものを保存し、単なる過去のものとして扱わず、未来につなげていく姿勢、そして持っている財産の編集力をあらためて感じます。

ちなみに、「ダブルエキシビション」ですが、アズディン・アライア財団でも別の視点の展覧会が開催されていました。こちらの紹介はまた別の日に!
ジュリアン・クロスナーが手がける「ドリス・ヴァン・ノッテン」の会場は、17区にある「リセ・カルノー」。19世紀にできた由緒ある学校で、これまで数多くの政治家や文化人を輩出してきました。これまでもいろいろなブランドのファッションショーの会場としてもホールが使われています。

ジュリアン・クロスナーは昨年夏の終わりにこのリセを訪ね、高校生だったころの感情へと引き戻されたのだとコレクションノートに記されていました。



今回は人が大人へと成長していく過程の、未完成であり、成長し続ける時期の戸惑いや自信といった様々な感覚がベースになっています。それは自分自身のアイデンティティーが確立されていくということでもあります。単純に着たいものもあれば、反抗の姿勢として選んだ服もある。あるいは自分の民族的なオリジンをたどるものであったり。そういった複雑で進化する感覚、というものが服で表現されていました。ダッフルコートやエンブレムのついたブレザーなど学校の制服のようなものもあれば、民族調の服も。プリントや刺しゅう、ジャカード織りなど、様々なエッセンスが過剰なほどに混じり合いながら、不思議な調和を生み出す。ドリス・ヴァン・ノッテンのDNAは、ジュリアン・クロスナーに確実に受け継がれつつ、進化しているという印象でした。
加えて、アメリカによるイラン攻撃が始まり、ファッションのことを考えていていいんだろうかという思いがよぎる混乱の時期に、純粋に「美しいものは心を癒やす」と思えるコレクションでした。


後日、re-seeで間近に服を見てきました。毎回のことですが、細部が凝っていてすごい。「魂は細部に宿る」とはまさにこのこと!
ショー会場は、ブローニュの森の中にある馬術クラブ。馬場を取り巻くようにランウェーが設置されました。馬場でのファッションショーを見るのは初めて。ステラ・マッカートニーの父親であるポール・マッカートニーも姿を現しました。

今回は、ステラ・マッカートニーの幼少期から現在に至るまでの人生をたどるものとなりました。幼いころから動物が好きで共生してきたことからもショー会場に馬術クラブを選んだのでしょう。ショーが始まる合図とともに、馬術家と白い馬、黒い馬が登場。いろいろな動きをする馬たちに目がくぎ付け。



ヴィーガン由来のファー代替素材、ヴィンテージレース、ロンドン・サヴィルロウのテーラリング、1980年代のスポーツウエアなどの93%が環境に配慮した素材なのだそうです。デニムも100%リサイクル素材。アイコニックなテーラリングの服も責任をもって調達しているウールなどが使われているとのことでした。ステラ・マッカートニーのエンブレムが付いたポロシャツやポニー・プリントなど、ブランドが生み出してきたエッセンスがすべて盛り込まれています。

そして、最後のスローガンタンクトップには「 MY DAD IS A ROCK ST★R (私の父はロックスター)」と書かれており、その場にいた父親も大喜びのようでした。

text: Izumi Miyachi
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