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デジタルを駆使して複製された名画にアウラは宿るのか? その虚実を山形県米沢市で体感する【what to do】

日本美術ファンにとって夢のような展示

さて、今回。平日の午前中だったこともあり、会場に人影はまばら。実物も公開していない(今年の実物の公開は10月22日~11月20日。11月3日は入館無料!)。目的は「日本画をたのしもう~高精細複製が語る名品の世界~」と題した企画展。「上杉本」に加え、岩佐又兵衛による「舟木本洛中洛外図屏風」(17世紀)や久隅守景の「納涼図屏風」(17世紀)、そして俵屋宗達が手がけた「風神雷神図屏風」(17世紀)など、国宝だけで5点も展示(後期)されている。それ以外にも、ワシントンのフリーア美術館所蔵の「松島図屏風」(俵屋宗達、17世紀)など、門外不出の貴重な作品もガラスケースで仕切られず近寄って鑑賞することができる。日本美術ファンにとっては、夢のような豪華さだ。

「上杉本」の左隣には同じ永徳の「檜図屏風」(東京国立博物館が原本所有)(撮影・高橋直彦)

実際、夢なのだ。これらの展示作品は、キヤノンと京都文化協会が共同で行っている文化財未来継承プロジェクト「綴」で、最先端のデジタル技術と伝統工芸の技を駆使して作成された高精細複製品。今展が米沢で企画されたのもプロジェクトで最初に複製されたのが「上杉本」だったことによるという。「複製品といっても超絶技巧で、プロでも実物と見分けがつかないほど」と展示を企画した米沢市上杉博物館学芸担当主査の花田美穂さんが話すように、夢が正夢になりそうな出来映えなのだ。こればかりは一見に如かず。

眺めていると何とも和む「納涼図屏風」。墨の微妙な濃淡も再現されている(部分、東京国立博物館が原本所有)(撮影・高橋直彦)

展示は第1章「永徳と狩野派」、第2章「日本人のくらしと自然」、第3章「海を渡った北斎~門外不出フリーアコレクション」に分かれ、会期中計24点を展示。フリーアへはパンデミック前に大リーグ観戦を兼ねて訪れたことがあったが、改修のため閉館していて悔しい思いをしたことがある。それが今回は米沢でまとめて観ることができるとは!

日本画を描くための材料も展示され、実物に触れて感触を確認することもできる(撮影・高橋直彦)

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海外の門外不出の作品を気軽に鑑賞できる喜び

花田さんによると、文化財保護法で屏風絵などの国宝は、展示が年間60日に限られ、照明を含む展示方法などにも制約がある。複製品だとそうした制約から解放されて、のびのび展示できる。観る方もガラス越しではなく、間近にリラックスして鑑賞できるのがいい。実際、近寄ってみると、金箔の剥落や泥の盛り上がり具合が、写真なのにリアルに再現されていて、むしろそのことに驚く。事情を理解した上なら、「フェイク」も悪くない? この出来なら、複製品だけを展示する気軽に立ち寄れる常設館があってもよいかもしれないとも思った。

左側が曾我蕭白の「雲龍図」(ボストン美術館が原本所有)。右手前が「舟木本」(東京国立博物館が原本所有)。正面奥が狩野元信による「四季花鳥図屏風」(公益財団法人白鶴美術館が原本所有)(撮影・高橋直彦)

思想家のヴァルター・ベンヤミンは、芸術作品を大量にコピーできる時代になって、オリジナルの作品から一回性によって支えられていた「アウラ」が消失することを指摘した。むしろ、その失調こそが写真や映画といった大衆参加可能な芸術の可能性が増すことを歓迎した。もっとも、これだけ精密にコピーできるようになると、複製品にも「アウラ」が宿るような……。フォロワーのみなさんには会場でその虚実を体感してほしい。

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。個人的な好みは「納涼図屏風」。トーハクで何度か実物を観ているが、元々鈍感なので今回の展示作品と見分けがつかない。こんな老後を送りたい! 他の屏風に比べると小ぶりなので、いっそのこと手許に置いておけないかと妄想したりもするのだが……。

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