朝倉摂さんの創作世界の全貌に触れられる貴重な企画展。看板左側の絵は、抽象化された女性像を追究した《群像》(1950年 顔料、紙 練馬区立美術館蔵)(撮影・高橋直彦)

戦前に描かれたモダンな女性像に親しみがわいた。男性画家が描いた端正な美人画とは違い、寛いだ雰囲気なのに女性たちの眼の奥には力強さというか意志のようなものが宿っているのを感じた。戦後になるとキュビスムに影響された女性の裸体像などを発表。さらに社会派としての要素を強め、福島県の炭鉱などに取材した作品を見せ、60年安保運動にも積極的に参加するようになった。今回、そうした目にする機会の少なかった日本画44点も展示されている。こうした展示によって、「舞台美術家」としての朝倉さんのイメージが刷新されるのではないか。



もちろん、舞台美術に関する展示も充実している。50年代半ばから本格的に取り組み、70年には画家としての活動に区切りをつけ、舞台美術に専念していく。大学生の時に日生劇場で観た『にごり江』(蜷川幸雄演出)の下町をリアルに再現した舞台の下図などが展示されていて懐かしさがこみ上げてきた。しかし、どうして舞台美術だったのか? 通常、グラフィックデザイナーなどが広告用にコマーシャルな仕事をしていて、功成り名を遂げると「アーティスト」と名のり始めるのとは逆ではないか。朝倉さんの場合、画家(アーティスト)として社会的な活動を続ける中で他人との協働に身を置くことを体験し、創作に対する評価が作家個人に帰されることに限界を感じたことが影響しているようだ。朝倉さんは集団で作り上げていくエンターテイメントの世界により手応えを感じたのだろう。
