鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【世界で最も売れた絵葉書はパリのあの建物】
暑中お見舞い申し上げます
旅先で美しい絵葉書を目にして、つい手に取ってみたりしたこと、ありませんか。フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんが愛猫のグリ(シャルトリュー 10歳・♀)とともに、今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語る連載。今回のテーマは絵葉書です(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)
1枚の紙の裏表で用が済むという発明
考えてみると非常に不思議なことだが、人類は1861年にアメリカ人ジョン・P・シャールトン(一説に1869年にオーストリア人のツレンナー)が葉書というものを考えだすまで、このような形式での通信が可能だということに気づきもしなかった。手紙は、封筒に入れてその上に宛名を書くものとばかり思いこみ、1枚の紙の裏表だけですべて用がすむとはだれも考えつかなかったのだ。
フランスの葉書は1870年の普仏戦争の際コンリーの書店主ベスナルドーが発行したものが最初である。近くの野営地の兵士たちが便箋(びんせん)を求めにきたのに、在庫が切れたので、急遽(きゅうきょ)、ノートの表紙を破いて印刷を施した葉書を売りだしたといわれる。
この葉書には大砲と叉銃(さじゅう)の絵が描かれていたが、そこからさらに進んで葉書の表を完全に絵か写真で覆ってしまうという発想はそう簡単には生まれなかったようだ。1873年に初めて発行されたフランスの官製葉書の場合でも、自由・平等・友愛の寓意(ぐうい)的なイラストが宛名の欄を囲んでいたにすぎない。