“what to do”は『マリ・クレール』フォロワーのためのインビテーション。2022年の初回は、フレデリック・ワイズマンとクリント・イーストウッドによる新作の紹介から始めよう。2人はいずれも1930年生まれ。彼らの作品が加齢に反比例するかのように若々しくなっていくのはどうしてなのか? 「天才だから」という身も蓋もない正解をつぶやく前に、同い年生まれのジャン=リュック・ゴダールの動向や、先輩格に当たるマノエル・ド・オリヴェイラの業績を参照しつつ、「高齢化社会」のうれしい誤算をスクリーン越しに楽しみたい。
2020年11月27日午後1時から、東京のアテネ・フランセ文化センターでオリヴェイラの『繻子の靴』(1985)を観た。20分の休憩を2回はさんで、終映したのが午後8時29分! ポール・クローデルの長編戯曲を映画化した410分の日本初公開の傑作を見終えて、真っ直ぐ帰宅する気になれず、パンデミック下、東京都の要請を受けて午後10時に閉店するというバーに滑り込み、一人静かに祝杯(?)をあげたことを記憶している。

1908年生まれで31年に監督デビューしたオリヴェイラの作品を同時代的に観るようになったのは恥ずかしながら、彼のキャリアとしては晩年になる90年代に入ってから。『アブラハム渓谷』(93)、『クレーヴの奥方』(99)、100歳を超えてからも『ブロンド少女は過激に美しく』(09)、『アンジェリカの微笑み』(10)など、旺盛に制作し続け、2015年4月2日に106歳で亡くなった。年を重ねるごとに作品が艶めいていくことに驚き、今も偏愛している。
その彼が2003年12月11日夜、東京・銀座で開かれた小津安二郎生誕100年を記念するシンポジウムに参加するために来日し、『晩春』(49)で親子役を演じた笠智衆と原節子が同衾するシーンに関する思いを熱く語る場面に直に接した。その日は、オリヴェイラ95歳の誕生日で、『秋日和』(60)と『秋刀魚の味』(62)でコミカルな役を演じた岡田茉莉子さんから花束を贈られるという感動的な一幕も。ところが、それでは終わらず、彼のパスポートには誕生日が「12月12日」と記載されていて、奇しくも小津の誕生日と同じことが公表され、映画的な符牒に会場から祝福の拍手が鳴り止まなかった。

オリヴェイラの作品を観続け、加齢という時間の堆積が創作に豊かな変容をもたらすことを実感した。確かに彼のような資質を備えたベテラン監督たちがいる。1930年生まれで今年1月1日に92歳になったばかりのフレデリック・ワイズマンはその一人だろう。彼の新作『ボストン市庁舎』(20)が日本で順次公開されている。彼が生まれた米国東部ボストンの2018年から19年にかけての多様な行政のありようを記録した274分の長編映画だ。

市民から寄せられた電話相談の対応から始まり、同性カップルの結婚式、ワールドシリーズに優勝したレッドソックスの祝賀パレードでの市長コメント、ホームレスの若者たちへの支援策、老朽化した家屋のネズミ駆除、そして出店が検討されている大麻ショップについての意見交換会……。市政に関する40を超すシーンが多彩なモザイク画のように描かれていく。

ワイズマン作品だから状況説明のナレーションはなく、字幕やテロップもない。そして登場人物へのインタビューも一切行われない。それなのに4時間半を超す映画を長いとは感じない。テレビの情報番組にテロップが氾濫し、SNS用の動画で関心をそらさない最適な長さが数分とされる時代、真逆の手法で人を引き込んで離さないただならぬ作品なのだ。

そんな中、彼の作品には珍しく、当時市長を務めていたマーティン・ウォルシュ(バイデン政権で労働長官に就任)という個人に焦点を当て、国民の分断に拍車をかけたトランプ政権への強い異議申し立てのメッセージを込めている。その姿勢は老成からほど遠い、清々しい憤りに満ち、観ていて爽快になってくる。このような活力に満ちた作品を撮れるなら、老いることは一種の恩寵なのではないのかとさえ思えてくる。

やはり、ボストン近郊を舞台に『ミスティック・リバー』(03)という名作を監督している1930年生まれのクリント・イーストウッド(誕生日は5月31日)も自らが主演した新作をパンデミック下で撮影し、あっさりと公開してしまった。日本で上映が始まったばかりの『クライ・マッチョ』(21)。『恐怖のメロディ』(71)で監督デビューをして50周年となる記念の作品らしい。イーストウッド演じる孤独に暮らす老カウボーイが、メキシコ人の少年と旅する中で真の強さとは何かを観客に優しく伝えてくれる。

イーストウッドが馬に久々またがって手綱さばきを見せるシーンを観ることができるだけで個人的には十分満足なのだが、ナタリア・トラヴェン演じる酒場の女主人とロマンスも演じてしまう。老いに伴う説教臭さなど微塵も感じさせず、痛快な娯楽作品に仕上がっているのがいい。深刻ぶって人生を振り返ったりはしないが、観客を前向きにさせてくれる健やかな作品なのだ。

ここまでくれば1930年12月3日に生まれたジャン=リュック・ゴダールの近況も気になってくるだろう。『さらば、愛の言葉よ』(14)で3D映画をあっさりと作ってしまい、『イメージの本』(18)ではネットを含む古今東西のアーカイヴを「自由に」コラージュして、84分の瑞々しい映像を見せてくれた。その影響力はすさまじく、19年夏に大阪で開かれた美術展「堂島リバービエンナーレ2019 シネマの芸術学-東方に導かれて-」では、この作品からインスピレーションを得て展示構成が組み立てられたほど。

新作の情報は聞こえてこないが、彼のことだから高解像度カメラの付いたスマホなどで軽々と作品を撮って、動画配信サービスで不意に公開してしまいそうな気もする。その前に朗報。『勝手にしやがれ』(60)の4Kレストア版(20)が今春、日本で初公開される。作品公開から60周年となる20年にフランスで制作され、オリジナルネガから徹底的にレストアを施し、「新作」のような鮮明さを取り戻している。『気狂いピエロ』(65)の2Kレストア版(07)も同時期に公開される。21年9月6日に88歳で亡くなったジャン=ポール・ベルモンドが両作に主演しており、彼への追悼の場にもなるだろう。撮影を担当したラウル・クタールの映像の美しさに改めて浸るのもうれしい体験だ。

しかし、どうして彼らがそうした溌剌とした映画を撮ることができるのか。表現のジャンルは違うが、そのヒントを山種美術館で1月23日まで開かれている日本画家の奥村土牛(1889-1990)の回顧展に参照してみたい。土牛の作品は若い時より、70歳を超えてからの方が観ていて面白い。80歳を超えて「どこまで大きく未完成で終わるかである」とも語っていて、101歳で亡くなるまで温もりを感じさせる日本画を描き続けた。その「どこまでも大きく未完成」という感覚がワイズマンらにも共有され、次回作へと彼らを駆動するのではないか。
いわゆる「巨匠」と呼ばれていた映画監督が晩年、自家撞着に陥った末に安易な正義感を振りかざした作品を制作したり、莫大な予算を費やして凡庸な歴史大作を撮ったりするのとは訳が違う。ワイズマン、イーストウッド、そしてゴダールの1930年生まれの監督たちの最新作を見続けることは、「熟練」や「達観」、そして「諦念」とは全く異なる「加齢」による瑞々しい果実を目の当たりにすることでもある。
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高橋直彦
マリ・クレール副編集長。肌がツルツル、ピカピカで、整った顔立ちの若者たちが大騒ぎをするだけの新作映画に辟易している人には、上記で紹介した作品の上映に駆けつけてほしい。扱っているテーマや表現手法は違っても、「上品」なのが共通点。その感性を『マリ・クレール』読者と共有したい。
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