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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【ベレー帽】

Bonjour!

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 9歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

お手本は名画の俳優たち

絵に描いて、これは、ドイツ人でもイギリス人でもなく「フランス人」であると示したいとき、まずたいていの人は、ベレーをかぶった人間を描くにちがいない。インド人というと、白いターバンを巻いた姿を思い浮かべるように。

だが、白いターバンがインドの少数宗徒のシーク教徒の装束でしかないのと同様に、ベレーももとはといえばフランスとスペイン国境にまたがるバスク地方とベアルネ地方の農民のかぶりものにすぎない。ベレー(beret) という名は綿糸を編んで作る綿帽(bonnet) を、ベアルネ方言で「berret」と呼んだところからきている。頂きのつまみは、最後に綿糸のはしをよじって作ったものである。

では、なぜこのベレーが、少なくとも外国人の目にはフランス人の象徴と映るようになったか。その原因は二つ考えられる。

一つは、鉄道の普及により、十九世紀の後半に、貧しいバスク・ベアルネ地方から出稼ぎにやってきた人々がパリに多数定住し、ベレーを一般に広めた時期が、万国博覧会〔1855年、1867年、1878年、1889年〕の開催と重なっていたことである。万博見物にやってきた外国人はフランスの民衆はみんなベレーをかぶっていると思いこんだのだろう。

もう一つは、第二のベレー流行期ともいえる1930年代から40年代にかけて、フランスの名画が世界中に配給されたことである。ベレーは、ジャン・ギャバンのようなジャガイモ顔にも、ダニエル・ダリューのようなエレガントな貴婦人にも、また可愛い子供にも、気取った芸術家にも等しく似合っていたので、フランス映画ファンのあいだで、フランス人はベレー好きという神話が生まれたのである。

イラスト◎岸リューリ

もっとも、ひと口にベレーといっても、そのクラウン(帽子の山)のかたちとかぶり方によって、何種類かに分けられるようだ。

すなわち、大黒頭巾のような大きなクラウンを左耳の上に垂らすのがアルプス猟歩兵のスタイル。

いっぽう、小さなクラウンのベレーを少しあみだにしてかぶるのはパラシュート部隊スタイル。ボンボンという玉房を横にして、真っすぐに頭に載せるのが水兵スタイル。

では、フランスの民衆がよくやるように、両方の耳のところまで深くベレーをかぶってしまうのは何かというと、これは個性派の名優ブールヴィルにちなんでブールヴィル・スタイルと呼ぶらしい。

いずれにしろ、どんなかぶり方をしても許されるところがベレーのフランス的なるところのゆえんなのである。

【グリの追伸】
フランスにはロココの時代に流行ったネコ足の椅子や机がありますが、実はこの家にもあるんです。その横に座って眺めると、うーん、似てるのかなと思ってしまいます。似てる似てないって、当事者にはわからないものなんですね?





こういうやつです

photos by Shigeru Kashima

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Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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