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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【カフェ・オ・レ】

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 9歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

コーヒーが先か、牛乳が先か

カフェ・オ・レという言葉もすっかり日本語に定着したようだ。私たちが大学時代に使った仏和辞典には「牛乳入りコーヒー」とか「ミルク・コーヒー」と訳語がついていたことを思うと隔世の感がある。

ところで、フランスの民衆がカフェ・オ・レに親しむようになったのはいつのころかというと、これが思っているよりも古く、19世紀の初頭には、カフェ・オ・レとパンだけで朝食をすます習慣がすでに一般的になっていた。

だが、早合点してはならないのは、当時のカフェ・オ・レは、コーヒーに牛乳を入れたものではなく、牛乳にコーヒーを入れたものだったということである。つまり、牛乳を飲みやすくするためにコーヒーで割ったのである。

今日ではちょっと信じられないが、ヨーロッパでは、長いあいだ、牛乳は飲むためのものではなく、バターやチーズを作るための原料にすぎなかった。なぜかといえば、牛乳は腐敗しやすく、変質したタンパクは強い毒性を持っているからである。

しかし、医者の中には、牛乳が回復期の病人に効果があると主張する者もあったので、わざわざ近郊の農家に出向いて、その場で牛乳を飲む都市住民も出てきた。やがて、目先のきく農民が、搾りたての牛乳を朝一番で運んできて都市の街角で売るようになった。結核(けっかく)の予防になるという噂(うわさ)が牛乳を飲む習慣をさらに広めた。

イラスト◎岸リューリ

だがご存じのように、搾りたての牛乳というのは匂いがきつくて案外飲みにくいものである。

そこで匂い消しに登場したのがコーヒーだったというわけである。パストゥールの低温殺菌法の発明以後はカフェ・オ・レはフランス人の朝食に欠かせないアイテムとなった。宵越(よいご)しの硬いパンもカフェ・オ・レに浸(つ)ければ、おいしく食べられるからである。

この伝統があるせいか、ホテルで朝カフェ・オ・レを頼むとコーヒーと牛乳を同じ量だけ運んでくる。日本人は、コーヒーに牛乳を入れるものと考えているので、たいていは牛乳のほうが余る。しかし、フランス人はボルと呼ばれる容器にコーヒーと牛乳を等量入れて飲んでいる。日本人のはミルク・コーヒーだが、フランス人のはコーヒー・ミルクである。

ところで、このカフェ・オ・レの容器だが、日本のどんぶりにじつによく似ている。そのため、在仏日本人の多くはうどんや即席ラーメンを食べるのにこれを使っていると聞く。大きさがちょうどいいのである。私など、夜食の即席メンは、いまでも、フランスから持ち帰ったカフェ・オ・レどんぶりで食べている。

【グリの追伸】
夜になると、黒眼が大きくなり、朝は細くなるのは、ネコですから、当然ですが、どうせなら黒眼が大きく写った方がいいですよね。

寒中お見舞い申し上げます

photos by Shigeru Kashima

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Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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