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戦後・日本・ファッション。その全体像を国立新美術館で見渡す

国立新美術館(東京・六本木)で6月9日から始まる「ファッション イン ジャパン 1945-2020 ―流行と社会」。評判だった島根展から展示点数をさらに増やし、多彩な流行を生んできた日本の消費文化を一望する。

今展で触れている2020年時点での日本ファッションの状況を素描するため、26年前まで時間を遡ってみよう。参照にするのは、1995年4月19日から6月4日にかけて東京の目黒区美術館を中心に開かれた「戦後文化の軌跡 1945-1995」展。敗戦から50年の節目に約600点の資料を通して日本の視覚文化を振り返った。美術作品に加えてマンガや家電製品が並べられ、テレビCMも「作品」として流された。その多種多様な展示に当時、圧倒された記憶がある。

ファッションにもスペースが割かれていた。しかし、展示は国際的評価のすでに定まっていたイッセイミヤケやコム・デ・ギャルソンの作品、そして服飾雑誌の『装苑』など、各数点のみ。「服好き」の身としては正直、「付け足し」の印象をぬぐえなかった。手元にある図録で確認すると、「ファッション」の展示品は15点。600点中15点――。その比率が95年当時の「文化としてのファッション」の位置づけだったのだろう。

横尾忠則が表紙デザインを手がけた「戦後文化の軌跡 1945-1995」展の図録(上)と「ファッション イン ジャパン 1945-2020ー流行と社会」展の図録。図録の厚さも「ファッション イン ジャパン」展の方が「戦後文化」展を上回る(撮影・高橋直彦)

それが今展では、戦後日本のファッションだけをテーマに約820点もの作品が並ぶ。A4サイズの図録のページ数も368ページと、同じ判型「戦後文化」展の図録の288ページを大きく上回る。40年代の唐草模様銘仙もんぺから90年生まれの2人組が2014年に設立したPUGMENTのコレクション作品まで、服飾品だけで315点。それらが国立新美術館の高さ5メートル、広さ2000平方メートルの空間を賑やかに彩る様子を想像してみてほしい。15点から820点へ――。「戦後文化」展の開かれた1995年から四半世紀を経て、ファッションが日本を代表する文化になったことを来館者は体感するだろう。

ファッション周辺の展示品も意欲的に紹介

展示は戦前のモダン文化に触れたプロローグで始まり、戦後まもなく盛んになった洋裁文化を紹介する第1章から、「ジェンダーレス」や「サステナブル」といった言葉で形容される現在の装いまで年代別に8章に分けて構成。ちなみに「戦後文化」展の開かれた90年代にも1章を割き、ストリートファッションについて当時のストリートスナップ雑誌や、「渋谷系」と呼ばれた邦楽のプロモーションビデオなどの展示を含めて多角的に紹介している。

長沢節/女性像(赤いコート)/1950年代/セツ・モードセミナー

実際、服の展示だけでなく、「消費を促す情報伝達のあり方とその変遷」にも目を向けていることが企画の特徴だ。『モードの体系』という大著で、コレクションで発表される新作にあえて触れず、モード誌のファッション記事を中心に分析したロラン・バルトの手つきとも似る。そのために各時代の流行を演出した雑誌類を手厚く並べ、約70点の映像も流れる。ブランドのポスターやノベルティー、そしてファッションショーのチラシやチケットなどの展示の充実ぶりにも目を見張る。そうすることで、流行の相貌が生々しく浮かび上がってくる。もっとも、ファッション周辺の展示品はエフェメラルなものが多い。収集も個人のコレクター頼みの場合が多く、博捜にかけた企画担当者の苦労はいかばかりだったか。

中原淳一/フレアスカート/1955年/🄫JUNICHI NAKAHARA/ HIMAWARIYA 撮影:岡田昌紘

服を買って着る消費者にも焦点を当てる

デザイナーやブランドといった送り手だけでなく、服を買って着る受け手の立場に積極的に焦点を当てているのも今展の見どころの一つだ。80年代前半を中心に、ツッパリ男子学生の愛用した「変形学生服」を展示しているのはその一例。デザイナーによる「クリエイション」の対極に位置し、着る側が自己顕示を目的に制服を勝手に改変することもあった。オーソドックスな服飾史やゴージャスなモード誌には登場することのない装いだが、それを丁寧に紹介しているのは企画担当者の見識だろう。流行の発信地として「都市」だけでなく、「地方」の可能性について触れていることにも好感した。

<変形学生服>(短ラン・ボンタン)/1980年代/児島学生服資料館/撮影:岡田昌紘

展示スペースは有限だということを理解した上で、無理をあえて言えば、戦前から考現学を実践し、戦後、服飾史を研究して日本ユニホームセンターの会長も務めた今和次郎や、国民服を考案し、商業デザイナーとしてマルチな才能を発揮した斎藤佳三についての言及があってもよかったかもしれない。クイア文化とファッションの関係についても掘り下げてほしいと思った。

『FRUiTS』8月号No.13 表紙/1998年/ストリート編集室発行/個人蔵

戦後の流行を目撃する貴重な機会

今展は本来、2020年の東京五輪・パラリンピック開幕に合わせ、インバウンドへのアピールも意識しつつ昨年、開催されるはずだった。それが新型コロナウイルスの感染拡大の影響で1年延期された。「着飾る場を失った」21年時点の日本ファッションの状況は、前年のそれと大きく変わってしまった。それでも感染予防に欠かせなくなったマスクに様々な意匠が施され、利用者によって思い思いにカスタマイズされていく様子を見ていて、ファッションとはしぶといものだとつくづく思う。その「しぶとさ」を今展で確認してみても面白いかもしれない。いずれにしても、日本のファッションをテーマに今後、これほど大がかりな総合展が開かれる機会はそうないだろう。展覧会のサブタイトルにもあるように、「流行と社会」が装いを通して限りなく近似していく様子を目の当たりにする貴重な機会になりそうだ。

中野裕通/ドレス 第36回NHK紅白歌合戦 小泉今日子氏衣装 なんてったってアイドル/1985年/作家蔵

最後に一言。今展の終了後、せっかく集めた展示品が散逸してしまうのが何とも惜しい。国が進める「クールジャパン戦略」の柱として「ファッション」を掲げていることでもあり、この企画展を常設展示できるような施設ができないものか。それが無理なら、一括して収蔵する可能性を探れないだろうか。そうでなければ、「ファッションが日本を代表する文化になった」と自信を持って言うのは、まだ早いような気もするのだが……。

BABY,THE STARS SHINE BRIGHT/はわせドールワンピース/2004年/BABY,THE STARS SHINE BRIGHT

展覧会情報
「ファッション イン ジャパン 1945-2020 ―流行と社会」
会期: 6月9日(水)~9月6日(月) 火曜日休館
会場: 国立新美術館 企画展示室1E(東京・六本木)
TEL: 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
URL: https://fij2020.jp/

特別内覧会にご招待
マリ・クレール読者の皆さまの中から、抽選で100名様を「ファッション イン ジャパン 1945-2020 ―流行と社会」展の特別内覧会にお招きします。下記の申込フォームからご応募いただき、当選者には7月5日ごろまでに電子メールでご案内いたします。
日時:7月13日(火)12:00~18:00
申し込み:こちらのお申し込みフォームからご応募下さい。

Profile

高橋直彦

マリ・クレール副編集長。昨年、42年ぶりに復刻されたアナログシンセ「SEQUENTIAL Prophet-5 rev.4」を買うべきか否か。

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