『佐々⽊、イン、マイマイン』『若き⾒知らぬ者たち』など、若者の日々を鮮烈に描いてきた内山拓也監督の最新映画『しびれ』が9月25日に公開される。自身の故郷である新潟を舞台に、母と生きる少年の物語を描いた自伝的作品だ。青年期の主人公・大地を演じるのは北村匠海。そして大地を女手一つで育てる母・亜樹を宮沢りえが演じた。内山拓也監督と宮沢りえが、本作を通して向き合った自身の人生、母親という存在について語る。
映画の始まりは大地の幼少期。暴君のように振る舞う父の影響で、大地は言葉を発さなくなる。やがて母子二人の暮らしとなり、亜樹は夜の仕事で生計を立てるが、家にほとんど帰らない。生活は苦しく、大地は一人で寄る辺ない日々と対峙する。彼が25歳になるまでの20年を追う物語だ。
内山監督が自身の半生をもとに本作の脚本を書き始めたのは、19歳の頃。それから約15年を経て公開を迎える。当時、脚本を書くのは初めてだったというが、どのような思いがあったのだろうか。
内山:その頃、生き方について悩むことが増えてきて。どうしようもない瞬間がこぼれ落ちていくような感覚で、今これを形にしなければ前に進めないと思い、衝動的に書いていきました。当時は文化服装学院の学生で、スタイリストの仕事を通して映画と出会った頃で。独学で脚本の書き方を調べるところから始めました。書くことにすがらなければ生きていけないというか、明日を生きるための手段という感じでしたね。
宮沢:そういうどうしようもない瞬間が訪れる人は、ちゃんと生きている人なのだと私は思います。真剣にものを考えたり、受け止めたりしている。何かに歯がゆさを感じることは誰しもあると思うんです。
内山:脚本を書いたはいいけれど、どう映画化すればいいかわからなかったんです。映画館でアルバイトを始めたくらいで、映画界にもまだ入っていない。この脚本を携えながらアルバイトをして、自主映画を撮っていって。僕はまだ自主映画を含めて4作しか長編を作っていませんが、フィルモグラフィとしては、4作目の『しびれ』に向かってどんどん自分の内側へ入っていった感じです。最初に書いたこの脚本が心にあったから、僕は生きてこられたし、これまでの作品を撮れた。今『しびれ』を映画化できたのは、いろんな縁や経験がピースとして集まり、ようやく向き合えて、結実したのだと思います。
宮沢:内山監督の作品だったら何でも参加したいと思っていたから、オファーをいただいてうれしかったです。
内山:大地の人生を描いていく映画ですが、20年の時を紡ぐのが亜樹という存在。フィルムのなかで大きな存在であってほしくて、亜樹役には宮沢りえという名前しか浮かんでこなかった。映画『こわれゆく女』(1974年/ジョン・カサヴェテス監督)のジーナ・ローランズのような、絶対的な存在が必要だと考えていました。一方、実際にりえさんと会ってみると、垣根がなく、友達のように感じられる人。亜樹の持つチャーミングな部分を、噛めば噛むほど教えてくれるというか。亜樹はけっして順風満帆とはいえない人生だけれど、その時々で一生懸命、選択してきたと思う。チャーミングな面は、僕自身、絶対に曲げてはいけない、残したいと思っている部分だったんです。ファーストシーンの撮影からずっと、亜樹がそこで息をしている、呼吸をしているということを感じていました。『しびれ』という作品が目の前で立ち上がっていく瞬間をまざまざと見せつけられるというか。
宮沢:スタッフが亜樹と大地がどう生きているかということを本気で考えて、空間を提供してくれた。二人が暮らすプレハブに入った瞬間に、亜樹が浮かんでくる。亜樹と大地が生きるためにみんなが集中して空気を作ってくれたから、そこで呼吸していた感じです。
内山:演出として、「この台詞は……」みたいな細かい話をした記憶はあまりないですね。みんなの前では言えないような話、ここで生まれ、こう過ごして、今ここにいるんだよ、という人生の話を、これ以上言うことがないというくらい共有し合いました。
宮沢:監督が作品を通して共有してくれているものに対して、私も共有したくなったんです。私は娘として母を見る体験と、母として娘を見る体験、その両方を経験しているけれど、日々を生きるのに精一杯で、それを振り返るということがあまりなかったんです。でも今回、自分はどういう時間を過ごしてきたんだろう、今の価値観はどうやって形成されたんだろう……とさかのぼって。それを監督に共有したくなって、全部伝えました。基本的に振り返らない人生だから、そんなふうに思えたことは今まであまりなかったんです。
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内山:作品のテーマソングとして、エディット・ピアフの「愛の讃歌」のカバーであるSADFRANKの「Hymn To Love」を予告編で起用しています。「愛の讃歌」自体は恋人に宛てたものですが、時代や国境を超えてさまざまな解釈がなされ、普遍性を持っている。自分にとっては、母への愛として浸透しています。かつてはいびつな感じだった母に対する愛が、今はすごく純粋なものになっている気がしますね。
宮沢:私はこの作品の世界を生きた後、ふと「きちんと成人したい」という思いが芽生えました。私自身、時間がどんどん過ぎ去っていくなかで、人生のなかで抱えてきたものを消化しきれていない部分があります。それは、いいことも悪いことも。私たちはみんな母親から生まれ、そこから自分の人生が始まる。いろんな境遇の人がいるけれど、親の存在は子どもにとってとても大きいと思う。それによって積み上げられた価値観があり、年を重ねて社会に出ても、消化しきれていないものがある。そこから一歩踏み出して、自分自身の価値観を形成して生きていくことが本当の大人になることかなと思うんです。消化した時に、きちんと愛というものが見えてくるんじゃないかな。この作品に出会って、そんなことを考えました。
内山:一言で「わかる」というと、陳腐に聞こえてしまうかもしれないけれど、この作品に向き合う時点で、そういうことをわかっていたつもりだったんです。19歳から書き始めて、僕の人生はある種、母親との二人三脚だった。見るものすべて、そのフィルターを通していたというか。若輩者ながらも作品を重ねて、30歳を過ぎて、ようやくこの作品にたどり着いて。それでも新潟にシナハンやロケハンで滞在した時、「ああ、わかっていなかったんだな」と気づかされることがあった。なんて言ったらいいのかな、自分のなかに相反する気持ちがずっとあるんですよ。楽しかった、嬉しかった、悲しかった、苦しかった……。フィルムにいろんな感情を焼きつけようとする瞬間、全部を超越して、本当に大きな一つの愛でくるまれていることを実感したんです。そういう意味で、作品を通して前に進んだと思いますね。
宮沢:私たちがお互いに何を話したのか、ここでは秘密だけれど、共通しているのは、母親を愛しているということ。深く深く、それに気づきました。愛って目に見えないし、それぞれの人が持つ愛の形は違う。だから照らし合わせることはできないけれど、作品を通して、見えない愛に近づこうとしていた。深く考えるなかで、普段は掴(つか)めないものに手で触れたような感覚がありました。
内山:ラストシーンのワンフレームまで、未来や希望を込めました。10年先、20年先、いつの時代であっても届くものになってくれていたらいいな、と思います。僕が映画を作るうえで大事にしているのは、目の前で起きていることを注視すること。社会というのは、人のまなざしの奥にある。大地を通して見る世界、その裏側、横側に社会が見えてくると思うんです。この作品が、観る人にとって、誰かと話すきっかけ、再会するきっかけ、明日に向けた何かのきっかけになったらいいなと思います。一人ひとり、思い思いに受け取ってもらえたら嬉しいです。
photo: Tomoko Hagimoto text: Saya Tsukahara
宮沢りえ
hair&make-up: Keizo Kuroda / styling: Keiko Sasaki(AGENCE HIRATA)
内山拓也
styling: Hiroaki Iriyama
映画『しびれ』
公開日:2026年9月25日(金)
監督・原案・脚本:内山拓也
出演:北村匠海、宮沢りえ、永瀬正敏ほか
上映時間:118分
配給:NAKACHIKA
公式サイト:https://shibire.jp/