【草間彌生追悼】回顧展がアムステルダムで開幕。“無限”を追い続けた97年の生涯と創作を振り返る

Culture

2026.09.16

【草間彌生追悼】回顧展がアムステルダムで開幕。“無限”を追い続けた97年の生涯と創作を振り返る

アムステルダム市立美術館で開催中の草間彌生の大規模回顧展 Photo: AP/アフロ

“水玉の女王”として世界的に知られ、現代美術に大きな足跡を残した、日本を代表する前衛芸術家、草間彌生。幼いころに始まった幻覚や、強迫観念を創作の源に、絵画や彫刻、インスタレーション、ファッションなど、ジャンルを超えて独自の表現を追求した97年の生涯をたどる。マリ・クレール インターナショナルのイタリア版デジタル記事よりお届け。

「無限の中に溶けていく」ことを望んだアーティスト、草間彌生が97歳で死去

多彩で革新的、そしてひとつのモチーフを徹底的に追求したアーティスト、草間彌生をたたえる新たな展覧会がオランダ・アムステルダムで開催されている。

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「私は10歳のときに作品をつくり始めました。芸術は私の天職なので、並々ならぬ努力を重ねてきました。困難に直面しながらも、常に新鮮な驚きを感じつつ、創造の探求とその表現を極めることに全エネルギーを注いできました。私は人間の生にある愛と神秘を見いだすために闘っています」

そう語ったのは、2026年8月14日、東京都内の病院にて97歳で亡くなった日本人アーティスト、草間彌生。ロンドンの近現代美術館、テート・モダンのインタビューでの言葉だ(テート・モダンの公式サイトによれば、開館20周年に合わせて行われた展覧会「Yayoi Kusama: Infinity Mirror Rooms」は、2021年5月に開幕し、当初1年の予定だったが、コロナ禍の影響などで延長されて2024年4月に閉幕。最終的にほぼ3年間のロングランとなった)。

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彼女の人生と作品を振り返れば、その言葉が意味するところがよくわかる。

1929年に長野県松本市で生まれた草間彌生は、子どものころに初めて幻覚を経験したことをきっかけに作品をつくり始め、その体験は長年にわたって彼女に影響を与えると同時に、創作の源にもなった。「私の芸術は私の人生、とりわけ私の精神疾患の表現です」「私を苦しめる幻覚や強迫的なイメージを、彫刻や絵画へと昇華させています」と、1999年に米アート誌『Bomb』のインタビューで語っている。

裕福な家庭に育った草間は、自ら「極めて暴力的」と表現する環境のなか、保守的な価値観のもとで教育を受けた。実際、母親はしばしば草間に暴力をふるい、娘が創作したものをことごとく壊したという。草間が絵を描いたり、作品をつくったりすることに時間とエネルギーを費やすことを嫌っていたのだ(このインタビューで、母親は商才に長けた実業家で、非常に多忙だったことを明かしている)。

一方、父親は家を空けることが多く、不貞を重ね、こうした緊張した家庭環境のなかで草間の父親は自らの役割を見いだせずにいた(父親は婿養子で、経済面で母親が主導権を握っていたため、居場所がなかったと草間は語っている)。

こうした軋轢(あつれき)がありながらも、草間は両親を説得し、日本の伝統絵画を学ぶため京都の美術学校へ行くことを認めてもらった。しかし、その経験は長くは続かず、それほど実りあるものにはならなかった。学校の方針があまりに保守的だったため、授業にはほとんど出ず、寄宿舎で絵を描いていたという。そもそも当時の彼女にとって何より重要だったのは、母親の虐待から逃れることだった。

数年後、草間はニューヨークへ移住することを決意。母親は彼女に資金(1957年当時の100万円)を渡し、二度と家に足を踏み入れないよう告げたという。もっとも、それはまさに草間自身が望んでいたことでもあった。草間は、日本を離れて米国へ渡ったとき、「米国で生き、死ぬ」覚悟だったと『Bomb』に語っている。

ニューヨークで暮らし始めたころは、かなり厳しい日々だった。まだ若く、英語もうまく話せず、知り合いもほとんどいなかった。しかしニューヨークでは、自由に作品をつくることができると感じた。ほどなく、草間は絵画、彫刻、インスタレーション、ファッションなど、さまざまな分野で創造性を発揮する多彩なアーティストとして頭角を現した。異なるスタイルやアプローチを融合させた、当時としてはまだ非常に珍しかった表現方法で、渡米からわずか1年あまりで個展を開き、非常に高い評価を得た。

アジア人アーティストである草間は、白人男性中心の街とアート界において、自分がアウトサイダーであることを自覚していた。その認識が、自らを隠したり、周囲に同化しようとしたりするのではなく、むしろ誇りを持って自身のアイデンティティを表現することにつながった。

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日本から持ってきた着物をさまざまな機会に着用しただけでなく、アウトサイダーとしての自身のアイデンティティを肯定し、受け入れる作品も制作した。それが、日本人写真家・細江英公が撮影した作品『Walking Piece』(1966年ごろ)だ。ニューヨークの街で、花柄のピンクの着物をまとい、花模様の日傘を手に、日本の伝統的な草履を履いた草間の姿が収められている。

草間にとってファッションは、アイデンティティを示す手段であることを超えた、芸術表現のひとつでもあった。1960年代末には「Kusama Fashion Company Ltd」を設立し、一時期、米デパートチェーン「ブルーミングデールズ」には、草間と彼女のファッション作品を扱う「Kusama Corner」と呼ばれる専用スペースも設けられた。

「Kusama Fashion Company Ltd」の服は大胆かつ前衛的で、胸や臀部(でんぶ)がのぞくカッティングを施したものや、男根を思わせる突起をあしらったものなどがあった。そして、それは成功した。「胸とお尻の部分に穴が開いたイブニングドレスは、なんと1200ドルで売れました」と、草間自身が『New York Magazine』のインタビューで振り返っている。

性的なものに対する草間の不安を表すものとして、突起は彼女のアートにたびたび登場する要素だ。無数の突起で覆った肘掛け椅子について、性的なイメージへの恐怖に駆られるなか、心と体に深く結びついたその恐怖を作品として表現したものだったと『Bomb』に語っている。

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突起と並んで、水玉模様もまた、草間のキャリアを通して繰り返し登場してきた。水玉模様が初めて彼女の人生に現れたのは、まだ子どものころだった。花畑にいたとき、すべての花が次々と点へと変わり、自分に話しかけてくるという幻覚を見たのだという。そのとき彼女は、のちに「self-obliteration」(文字通り、「自己消滅」または「自己の溶解」)と呼ばれる、全体のなかに自己を失う感覚を経験した。草間にとって、「個としての自己を消滅させることで、無限の宇宙へと回帰する」ことを意味していた。

インスタレーションから衣服、さらには人間の体まで、彼女の作品は水玉模様で覆われている。1968年の『The New York Free Press and West Side News』のインタビューで、草間はそれを「無限へと至る方法」と表現。地球もまた「宇宙にある無数の星々のなかのひとつの水玉」だと捉え、「自然や私たちの身体を水玉で覆い、その存在を消し去るとき、私たちは周囲の環境と一体になる」と語っている。

強迫的な反復というテーマは没入型のインスタレーションにも繰り返し見られ、境界が曖昧になり、自己が空間に溶けていくような、方向感覚を失う感覚を鑑賞者に与えることが意図されていた。実際、草間自身も自らを強迫観念に突き動かされるアーティストと表現していた。幻覚や強迫観念の影響を受け、特定のモチーフを強迫的に、繰り返し表現してきた。

ベトナム戦争に抗議するデモやパフォーマンスなども行ったのち、草間は1970年代に日本へ帰国し、1975年に精神科施設へ入院した。精神科医の勧めによるものではあったが、そこで暮らし続けることを望んだのは草間自身で、その間も制作活動を続けた。

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このほか、草間のキャリアを象徴する出来事としては、水玉模様のカボチャの彫刻を鏡張りの部屋に配した『Mirror Room (Pumpkin)』で、日本代表作家を務めた1993年のヴェネチア・ビエンナーレ(イタリアのヴェネチアで2年に1度、開催される世界最大級の国際芸術祭)、2012年に始まったルイ・ヴィトンをはじめとするファッションブランドとのコラボレーション、そして2017年、東京・新宿に本人が設立した、自身の芸術と作品を紹介する個人美術館「草間彌生美術館」などが挙げられる。

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2026年9月11日(現地時間)にはアムステルダム市立美術館で、70年以上にわたる創作活動をたどる大規模な回顧展が開幕。草間の死去を受け、その生涯と作品をたたえる展覧会として2027年1月17日(現地時間)まで開催される。

草間自身とともに企画されたこの回顧展では、幼少期から始まる彼女のキャリアをたどり、反復と催眠にかかったような感覚を鑑賞者にもたらす没入型インスタレーションとして名高い「Infinity Mirror Rooms」のひとつをはじめ、象徴的な作品を展示。さらに、この展覧会のために制作された新作も披露されている。

translation & adaptation: Akiko Eguchi

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This article was originally published by Alessandra Vescio on Marie Claire Italia

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