一人で生きてきた男が、ようやく見つけた“家族”という居場所。その温もりを守りたい一心で過ごしてきたが、愛する人を手にかけてしまう。あれから13年 ──。塀の中で贖罪の日々を送る西山夕平のもとに、かつて“娘”のように愛情を注いでいた朝子が現れ、あの日の真相を問いかける。8月28日(金)公開の映画『私はあなたを知らない、』で主演を務めた坂口健太郎。本作で極限の感情と向き合った彼は、役を通して何を感じ、何を手放したのか。“心”を放出し続けた現場について話を聞いた。
──タイトルにもなっている「私はあなたを知らない」という言葉が、とても印象に残りました。あの一言の背景に、夕平の大きな愛情を感じたのですが、どんな思いで口にしていたのでしょうか。
──面会室で朝子と再会するシーンでは、夕平としてどんな感情が込み上げていましたか。
もう、涙なくしてはいられないというか。朝子(早瀬憩)の「私のことを本当の娘のようにかわいがってくれていたんですよね」という一言に感極まりそうになりました。面会室での一コマは、子ども時代の朝子(倉田瑛茉)とのシーンを撮り終えた後に行ったんです。夕平としては成長した朝子を目の当たりにするとジンときちゃって。早瀬さんも涙目になっていましたし。そしたら中野監督から「2人とも泣いていいみたいなムードになっているけど、違うからね」と釘を刺されました。
──ちなみに、私は涙がこぼれました。
そうでしたか! 平常心ではいられないですよね。
突き放さないといけないと分かっていつつも、愛着が勝ってしまう。声色とボリュームはイメージしていたものとは、少し違いましたが、あれでよかったと思っています。
──朝子たちと出会う前の夕平は、毎朝7時の目覚ましが鳴る前に起床し、コーンフレークを食べて、出社。週に1度高級生食パンを口にするのが休日の贅沢という、判で押したような生活を送っていました。
彼はルーティーンを決めることで、自分を守っていたんだと思います。いい意味で期待もされたくないし、誰かから求められても困ってしまうから。
──人と深く関わることを避けていた?
そういうわけでもなく、単純にどう振る舞えばいいのか分からないんですよ。彼はたくさんの愛情を受けて育ってきたわけではなかったから、人が自分に向ける温もりがどんなものなのか想像ができない。それが紗月という愛情を向けてくれる人が現れた。しかも朝子という娘のような存在までできた。彼がこれまで知らなかった “家族” のような存在ができ、ようやく満たされます。同時に、それこそが自分の存在意義になってしまった。だから、離れられなくなったんです。
──大きな感情のゆらぎを演じるうえで心がけたことはなんですか。
現場に立った時に出てくるものを大事にしようと思いました。中野監督は精神状態や人間関係など目に見えづらい部分まで丁寧に演出をされます。僕の中にある夕平像を「2度ほどずらしてみてください」という指示をいただいた時は、正直、とてもハードルが高かったです。だから、本番では僕の中にある夕平像をリセットすることにし、監督と一緒に掘り下げていくようにしました。
──中野監督からの設定資料で印象に残った記述はありますか。
夕平のキャラ設定で笑えるところは、なかったです。でも、中野監督の作品に懸ける想いを綴ったページに「これはシュールコメディである」という一文を読み、その感覚はすんなりと入ってきました。心に負荷が掛かるシーンが多いからこそ、ちょっと現実から離れた要素も必要なんだと。だから、彼の仕草に少しだけおかしみを加えています。それが夕平らしい姿なんだと監督と話していくなかで出てきた答えでもありました。
──夕平らしさとは?
例えば走り方では刑事ドラマのように機敏に駆け抜けるのではなく、足元をバタつかせる動きをしています。そんなふうに仕草や動作がちょっと間抜けなところに、彼の個性が宿っています。
──撮影が終わって帰宅すると、その緊張が一気にほどけるような感覚はありましたか。
派手なアクションはないので、身体的な疲労はありませんでした。ほっとすると頭がボーッとする感覚はありましたね。現場では同時進行でいろんなことを考えていましたから。
──夕平はルーティーンで自分を守っていました。一方で、坂口さんご自身は、この作品のように精神的な負荷が大きい現場で、自分を守るための習慣はありますか。
いや、まったくないです。
──ないんですか⁉
はい。あ、唯一あるとしたら現場で中野監督やスタッフのみなさんととにかく喋ります。これは今回の作品に限らず、撮影に臨むうえで意識していることかもしれません。僕は「カメラが回りました!」という一声でスイッチが入るタイプです。その場で生み出されるものを大事にしたいので、ギリギリまでオフにしておいて集中力を温存させておく。それが、僕を守る術なのかもしれませんね。
photo: Tomoko Hagimoto / styling: Taichi Sumura / hair&make-up: Rumi Hirose / text: Mako Matsuoka
映画『私はあなたを知らない、』
出演:坂口健太郎、早瀬憩、堀田真由、倉田瑛茉、滝藤賢一、 原田美枝子
原案・脚本・監督:中野量太
音楽:世武裕子
製作総指揮:藤本 款 プロデューサー:深瀬和美 若林雄介
撮影:岩永洋 照明:谷本幸治 録音:猪股正幸
美術:黒川通利 装飾:松尾文子 衣裳:西留由起子 ヘアメイク:板垣実和、廣瀬瑠美
編集:瀧田隆一 音響効果:勝亦さくら 監督補:塩崎遵 制作担当:長島紗知
キャスティングディレクター:杉野 剛 ラインプロデューサー:天野佑亮
製作:「私はあなたを知らない、」製作委員会 共同製作:Pyramide Productions
制作プロダクション:パイプライン
製作幹事・配給:クロックワークス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)| 独立行政法人日本芸術文化振興会
©IDKYPs./Pyramide Productions 2026年/日本・フランス/カラー/シネマスコープ/5.1ch
上映時間:126 分 映倫区分 :G