地球とそこに生活する生き物たち、ひいては私たち人間の暮らしを守っている森。訪れた者を四季折々の絶景で楽しませ、心を癒やすだけではなく、ときには芸術家たちの着想源にもなっている。
森に魅了され、森との関わりをライフワークにしたふたりの芸術家がいる。それぞれの活動を通して、表現された森が奏でる壮大なシンフォニーを2回にわたりご紹介。
前編は、写真家・小林廉宜が写し出す、ダイナミックでセンシュアルな世界の森へ旅したい。
小林の写真展に足を運んだ人がいるかもしれない。その人なら、小林の森の写真がなぜ特別なのかがわかると思う。大きく引き伸ばされた写真の前に立つと、静寂が訪れ、周囲の温度まで変わったような感覚を覚える。実際に、森に囲まれているような心地よい錯覚の中で、すぐには作品の前を離れることができなくなるのだ。
今でこそ、デジタルアートの浸透で没入感を誘うイマーシブな作品作りは容易になったが、小林は30年前から二次元の写真でイマーシブな体験を提供してくれていたといえる。音でも動画でもない二次元の世界でそれがかなうのは、“森の精気(スピリット)”を捉えているからではないかと思う。鑑賞者は、その力強いスピリットに吸い込まれ、いつしか写真の森を追体験したような気分に誘われる。
森への世界の扉を開いた屋久島の縄文杉
福岡出身の小林は、幼少期から父親に連れられて海や山など自然に親しんできた。森も遊び場の一つだった。しかし、写真家として独立した直後のある出来事から、森の撮影をライフワークとして意識するようになる。
それは、たびたび仕事を一緒にしていた編集者から誘われた屋久島へのプライベート旅行。どこへ行くにもカメラを手にしていた小林は、いつか作品を撮りに行きたいと願っていた屋久島で、悠久の木々とともに旅の仲間たちの姿を多くフィルムに収めた。
「後日、撮り下ろした何枚もの写真をスクリーンを通してお披露目する上映会を行なったところ、思った以上に好評で、みんなに感動してもらえたんです。『一緒に出かけたのに、全然違う風景が写っていてすごいね』と言ってもらえたのがとてもうれしかったですね」
もう一つ、屋久島という土地で開眼したことがあった。
「僕が師事していたのは晴れた楽園を撮影する写真家でした。そのため、雨が降ったら待機が普通。ところが、『1年に366日雨が降る』と言われている屋久島では、むしろ雨が降った方がきれいな写真が撮れるというのが、なんかすごくいいなと思ったんです」
そこから、30年かけて100か所以上の森を撮影するという長い旅が始まった。
「仕事として、本格的に森を撮影するようになったのは、稲本さんとともにアメリカ北東部を訪れたのが最初でした。それは森好きのバイブルにもなっている『ウォールデン 森の生活』と『メインの森』の著者ヘンリー・D・ソローの足跡をたどる旅で、マサチューセッツ州のウォールデン・ポンド(ゴールデンポンド)とメイン州の複数の湖を巡りました。個人的に、ソローの文章に登場する『紫水晶のように輝く湖』と『翡翠(ひすい)のような苔の森』という色彩表現に憧れていたので、撮影上のサブテーマとなりました。実際に、紫水晶の光景はメイン州の夕景で撮影することができ、とても印象的でしたね」と小林は当時を思い出す。
その後、小林が写す森の姿にひかれて撮影をオファーする人も増え、個人的にも森の撮影に出かけるようになった。作品の多くは写真集や写真展として、多くの人の心を捉えている。世界的にも有名な『ナショナルジオグラフィック』からも声がかかり、誌面に大きく紹介されたこともある。
写真に感銘を受けた人が声をそろえていうのは「色の美しさ」。ソローの作品でも、宝石の色で表された森の風景を心に刻むような感性を備えた小林への称賛にふさわしいものだろう。その中から、小林の代表作にもなっている国内外の森の写真ベスト10を撮影時のエピソードとともに、ここに挙げたい。


「マダガスカルのバオバブ生息地は、国内線を乗り継いだ後にジープ移動を経てようやく到達できるような場所にありました。バオバブは葉だけではなく幹にも葉緑素を持ち、そこでも光合成を行う樹木。例えば、アマゾンの森では葉緑素を剥き出しにした緑の縦縞(じま)模様の幹を持つ木も見かけます。でも、赤道直下にあるマダガスカルのバオバブは、きっと太陽の光をまぶしいと思ったのでしょう。サングラスがわりに樹皮をまとうようになったのです。その頑丈でツルツルとした樹皮が周囲の色を反射して刻々と変化する様が楽しくて、1日かけて撮影をしました。直射日光を受けた色や、ブルーの雨雲が起こしたスコール、樹皮が黄金色に輝く夕景から深いブルーへと変化する日没へ。そのマジックアワーに運よく鳥が飛んできた瞬間を捉えた一枚です。バオバブの幹が周りのブルーを吸収するような深い色になっていく中、スローモーションのように鳥が飛んできて。今でも、その姿を感動に震えながらシャターを押したことを覚えています。この青が今まで見たこともない色で、地球ではないような光景が撮れた興奮がありました。鳥の存在によってバオバブの巨大さが伝わるところも気に入っています」(小林)

「ソローの足跡をたどる旅の翌年に訪れた、ニュージーランド南島のレインフォレストで、『翡翠の森の色』を目にすることがかないました。雨上がりの苔むした森の中を歩いていると、水をたたえた森がキラキラと輝いていて、『これがソローの言っていた翡翠のような森なんだ』と思いましたね。ニュージーランドでは、常緑のブナの存在にも驚かされました。四季のある日本のブナは落葉するのに、ニュージーランドの南島のブナは落葉しないという生態系の神秘にも触れることができました。もしかしたら、これだけ美味しい水と空気があるなら、葉を落とさなくてもいいかもしれないとブナが思ったのかもしれません」(小林)

「ニュージランドは南島と北島で大きく気候が異なります。南島に広がるレインフォレストは、屋久島のように苔むした森なんです。一方、北島には乾燥した森が。北島固有種の木がたくさん生えていて、その一つであるカウリという木を探しに訪ねた時に撮影したのがこの写真です。カウリの幹は楕円(だえん)形で、長い方の径が7メートルぐらいある巨木。森を歩いていると壁のように現れるんです。あまりの大きさに見上げたら、この木(右下の木)を中心にさまざまな木の葉が上下左右、光を求めてジグソーパズルのように重なっていました。ちょうど雨が降った直後だったので、葉の隙間から光が滲(にじ)んで見えて、宝石みたいに美しいと胸を打たれ、シャッターを切りました。緻密(ちみつ)でやわらかなレースのような葉の緑のグラデーションは、どんな絵画の巨匠でも描き出せない絶妙な色調といえるでしょう。森の中はやっぱり弱肉強食なんです。大きな木が最初に枝を広げるので、弱い木とか小さな木はその大きな木の間を縫って枝葉を広げて、またさらに小さい木がその間を埋めていくんですね。実に多様な木があるので、葉の形もいろいろあって、それがまた宝石感を増してるというか、楽しさを増してるというか。ちなみに、この繊細さ、葉っぱの透け感はデジタルカメラでは写し出せないもの。ポジフィルムならではの葉の重なりの奥深さが出ているのかなと思っています」(小林)

「国旗の中に葉っぱがポツンと一枚だけあるのはカナダだけ。それぐらいカナダはメープルに対するリスペクトがあるんです。メープル街道という道が全土に走っています。その街道が秋になると北から南へ、だんだんと赤く染まっていきます。この時期はラジオで『今日の紅葉は⚪︎⚪︎⚪︎の辺りが一番赤いですよ』という速報も。そのベストスポットを空撮した一枚がこちらです。紅葉は光を受けてこそ輝くものですが、最初のフライトでは曇天で思ったような絵が撮れませんでした。翌日、もう一度チャレンジしたところ、雲の切れ間からパーッと光が差して、ちょうど撮りたいところを中心に光ってくれました。森と波長があって通じ合えたような瞬間で、このタイミングでないと撮影できなかった色です」(小林)

「森と交信できるというチャネラーから教えてもらった森を撮りました。ハワイ語でマナという生命エネルギーとつながれるといわれる土地ですが、有名なゴルフ場の近くの、道路から海へ向かって100メートルぐらい歩いたアクセスのよいところにあります。日中でも、深い静けさに満ちた別世界でした。チャネラーはフラの太鼓演奏者であり講師も務める人。森の中で、フラの太鼓を叩(たた)いてもらった日の翌朝、再びこの森を訪れたところ、色々なところに光が回っていて、エネルギーが溢(あふ)れているのを感じ、その生命力を収めるようにシャッターを切りました」(小林)


「2枚ともイエローストーン国立公園で撮った写真。最初、手前にある木に当たっている光がきれいで、望遠レンズで撮っていたんですね。その時は後ろが真っ暗でわからなかったのですが、明るさを変えて撮っていたら山の斜面にたくさんの倒木が重なっているのを発見しました。雪が解けて弱い木がどんどん倒れた結果なんですが、それが肥料となって、若い芽が生えてきて、やがては木へと成長していく『倒木更新』の姿であると気づきました。近づいて撮影すると、倒木に花が咲いている部分もあって、身近で倒木更新に接した初めての体験でした。この現象は森がうまく循環している証しです。『ナショナルジオグラフィック』をはじめ、国内外の多くのメディアから反響をいただきました」(小林)


「ガイドさんから、『ブナの森の中に、ファーザーズ・ツリーという大きな木があります』と教えられて、会いに行った時の写真です。そこで、ファーザーズ・ツリーの傍に小さな小さな茂みを見つけました。よく見るとハート形の葉や、きれいな小さな花が咲いているものがあり、森が凝縮されたものに見えました。色々な植物が光を求めて葉っぱを広げ、仲良く暮らしているのがまさに森の姿と重なったのです。ここにも一つの小宇宙があるのだなと、思わず夢中で撮影していました。2作品をセットで見ると、その当時の驚きを感じてもらえるのではないかと思います」(小林)

「熊野古道は、迷路のように張り巡らされていて、まさに森の中を果てなく進んでいくような場所です。その中に、『百間(ひゃっけん)ぐら』という、熊野の山々を眼下に見渡せる絶景スポットがあります。ここに立った時に、きっと100年前と変わらないであろう風景を目の前にして、当時の人たちはここの夕日を眺めながら、どんなことを思っていたのだろうと撮影しました」(小林)

「コロナ禍の時期、久しぶりに長期ロケに出ることが決まり、直前の体力作りも兼ねて長野の森を訪れました。なぜ長野だったかというと、『ナショナルジオグラフィック』に最初に取り上げてもらったアメリカの森の写真が『東山魁夷の作品みたい。アメリカの森なのに不思議』と評されることが多かったからです。ちょうど、長野県立美術館で、《緑響く》という有名な東山魁夷作品を目にしたばかりだったので、舞台になった御射鹿池を訪ねたんです。その時に、近くに白駒の池という池を見つけ、周囲に苔むした森がいっぱいあることを知りました。以来、気に入って、何度か足を運んでいますが、これは雨の日に撮影したものです」(小林)

「日本の森は四季が凝縮したような感じを受けます。その一つとして撮影できたのが秋田の森です。紅葉の本当に輝かしい瞬間と出会えたときに、カナダとはまた違う日本の紅葉の素晴らしさに改めて感動を覚えます。この写真は広角レンズで撮影した5枚の写真を横につないで、リアルな表現を追求しています」(小林)

「紅葉と桜には爆発力、エネルギーを感じます。桜も立派な日本独自の森の魅力を備えていると思います。桜は満開のときには葉を一切つけずに、ピンク色の花で森を作る。弘前の桜は花数が多く、花が大きいのが特徴です。その桜の花びらが川に落ちた花筏(はないかだ)は、束の間の産物ですが、とても感動します」(小林)
小林は一つの被写体のために、納得するまで数時間同じ場所で粘る撮影スタイルをとる。よく「光を待つ」と表現されるが、対話を重ねるように空の向こうと対象物を眺め、悠々と何枚もシャッターを切っていく。正直、隣に立っている身には1時間前の光と今の光がどう違うのかがわからないこともあるが、実際に写真になると明らかに違うのだ。
「生きている森の写真は“一期一会”。屋久島の縄文杉と向き合った時に、何千年も生きてきた樹の下で、この一瞬でできることは、今あるものを精いっぱい撮影することだと気づかされました。撮り逃すことがもったいない。だからこそ、光が変わるのを待って、たくさん撮影するんです」
では、「撮れた」という手応えはどうわかるのだろうか。それは、森が教えてくれるという。
「森に入れば夜は静かだし、朝早くから歩き出します。そんな数日を過ごすと、都市生活で鈍っていた人間の本能的感覚が覚醒し、『どちらに行けばよい写真が撮れるか』という直感が研ぎ澄まされるんです。実際に、アメリカのイエローストーン国立公園で、『もう少ししたらいい景色に出会えるよ』と森から語りかけられたことがあります。早朝の撮影で帰るつもりが、その声に従って少し待っていたところ、滝に虹がかかったんです。ヘンリー・D・ソローも、こんな感覚がたまらなくて、一切の文明の利器を捨てて、森の中の小さな家で暮らしたのかもしれませんね」
さらに、森に魅了され続ける理由をこう語る。
「森の写真は決して色褪(あ)せないからです。森自体が途方もない年月をかけて形成されたものであり、ずっと残ってきた普遍の形。今見せてもらっているのはその一瞬を切り取ったもので、何十年たっても古くならないのです。また、森の中にいると何百年も前の人々や未来の人々と時空を超えて交信できるような感覚を覚えるのも魅力ですね。写真はカメラという道具を使って表現しなければいけないのですが、美しい写真を撮るためにはテクニックよりも、その時々の光の下にあることが一番で、その場所にいることが重要なんです。修正ソフトや自分で作った光で加工するものではありません。ありのままを撮影することこそ意味があるのです。そういったことに気づかせてくれる森は、“原点に帰れる場所”であり、自然を撮影するには自然の光がいかなるライトよりも美しいことを思い出させてくれる存在。かけがえがなく、揺るぎない森の姿を100年後、200年後のために残していきたいと思っています」
小林廉宜(こばやし・やすのぶ)
YASUNOBU KOBAYASHI
福岡県生まれ。九州産業大学造形短期大学卒業後、三好和義氏に師事。日本写真家協会会員。「世界の森」、「未来に残したい風景」をメインテーマに、地球のあらゆるフィールドで希少な自然や文化を撮り続けている。『ナショナルジオグラフィック日本版』にて特集記事「森で目覚める生き物の感覚」が掲載された。ほかにシルクロード横断、フェルメール全作品の撮影など幅広く活動。旅先でのエピソードを記したエッセーも手がける。著書は代表作の写真集『森 PEACE OF FOREST』(世界文化社)の他、『世界美景』(JAL BOOKS/KADOKAWA)、『森の惑星』(世界文化社)、『シルクロードを行く』(世界文化社)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『京都の狂言師―茂山千作』(世界文化社)、『脳と森から学ぶ日本の未来』(WAVE出版)、『GABBEH 遊牧民からの贈り物』(コミニケ出版)など多数。受賞歴は、米国Communication Arts優秀作品、英国Design and Art Direction入賞、日本印刷産業連合会会長賞など。
web: yasukoba1116.com
小林廉宜・世界旅行へ誘う著書
『森 PEACE OF FOREST』(世界文化社)
これまで紹介した他にも森の写真がたっぷりと収められている。アマゾン、マダガスカル、アフリカ、北米、ヨーロッパ、中国、白神山地、富士山樹海……世界24ヶ国、日本8ヶ所の美しい森を巡った気分になれる一冊だ。

『世界美景−自然、街、建築を巡る旅』(KADOKAWA)
森以外の風景も、光と対話をして美しい色彩で表現する小林。11年間、JALカード会員誌『AGORA』の表紙を飾ってきた世界各地の美しい風景写真の数々が写真集になった。撮影地のエピソードも収録。
What's Next:後編の予告
この未来へ遺すという思いを共有するピアニストがクリスト加藤尚子だ。彼女も小林の写真に感動したひとり。コラボレートして行った、森のリサイタルの話ともう一つの加藤のライフワークについてお伝えする。
photos: Yasunobu Kobayashi text: Rica Ogura