「見えないもの」を見つめる。Dior Photography & Visual Arts Awardで最高賞を受賞。作品に込めた思いと創作の原点。

Culture

2026.08.26

「見えないもの」を見つめる。Dior Photography & Visual Arts Awardで最高賞を受賞。作品に込めた思いと創作の原点。
南仏・アルルで開催された、世界最大級の写真フェスティバル「Rencontres d’Arles」の公式プログラムの一つとして、2018年に創設された「Dior Photography & Visual Arts Award」。世界の若手写真家・ビジュアルアーティストを支援するアワードだ。今年は25校以上から約320人が応募し、10人のファイナリストの中から、東京藝術大学大学院で学ぶ武信朱璃さんが最高賞を受賞した。アルルで本人にインタビューを行い、その創作の原点と世界観に迫った。
Index

CHAPTER 1:「見えないもの」が原点

CHAPTER 2:「Threshold」とは何か

CHAPTER 3:なぜ「見えないもの」を追い続けるのか

CHAPTER 4:写真というメディアを選んだ理由

CHAPTER 5:世界が認めた、その先へ

INTEVIEW NOTE


CHAPTER 1:「見えないもの」が原点

「どこから話しましょうか・・・。」

少し考えたあと、武信さんが最初に語ったのは、幼少期の記憶だった。

「幼少期に暮らしていた家では、誰もいない場所から音が聞こえたり、説明のつかない気配を感じたりすることがあった」

武信朱璃さんが制作の原点に挙げたのは、幼い頃に感じた見えないものの記憶だった。

恐怖を感じることもあった一方で、「見えない何か」と同じ空間で共存しているような不思議な感覚もあったそうだ。

その経験が、人間の知覚では捉えきれない領域や、未知の存在への関心につながっていった。ただ、武信さんはそれを「幽霊だった」と結論づけたいわけではないと語る。

「物理的な現象だったのかもしれないし、記憶や感覚が生み出したものだったのかもしれません。あるいは本当に未知の存在だったのかもしれない。でも、その分からなさそのものが制作の原点なのです。」

だからこそ、作品で目指しているのは不可視の存在を証明することではない。

「私の制作は、不確かな領域にどのように接近できるのかを探る試みです。」

その問いを形にした作品が、今回最高賞を受賞した「Threshold」だった。

CHAPTER 2:「Threshold」とは何か

最高賞を受賞した「Threshold」は一見すると抽象的なモノクロ写真に見える。

その世界観は一度で理解するのは容易ではない。



──初めて武信さんの作品を見る人に、Thresholdをどのような作品だと説明しますか。

武信さんは少し考えながら、丁寧に話し始めた。

「この作品は自分自身の身体を何百枚も撮影しています。そしてその写真を切断して再構築することで作品を制作しています。」

写真になった身体は、すでに肉体そのものではない。そこからさらに変形させることで、自身の身体から少しずつ離れた存在へと変化させていく。

「この作品は私の身体から生まれていますが、私自身ではありません」

身体の痕跡は残っているが、それは自画像ではない。

武信さんが表現しようとしているのは、「見えているけれど、物質的な身体を持たない存在」だ。

「私の身体の痕跡は残っているんですが、身体そのものではない。見えているけれど、物質的な肉体を持たない存在を表現しています」

CHAPTER 3:なぜ「見えないもの」を追い続けるのか

SNSやインターネットの普及により、世界中の出来事はこれまでにないほど「見える」時代になった。

──あらゆるものが「見える」時代に、なぜ「見えないもの」を追い続けるのでしょうか。

「確かにSNSを通して遠く離れた場所の生活等が見える時代になったと思います。ただ、それは人間が以前より見えやすくなったということであって、この世界の構造そのものを理解できるようになったわけではありません」

武信さんが追い求めるのは、幼少期に体験した「不可視の領域」だ。幽霊や説明のつかない存在だけではない。 

「どれだけ多くのものが可視化されても、そうした領域が無くなるわけではありません。私は、見えないものを明らかにしたいわけではなく、見えないものを見えないまま、どのように触れているのかを考えたいと思っています」

だからこそ「わからないこと」を急いで結論づけない。

作品は、「答え」を出すものではない。むしろ、簡単には説明できなものと向き合い続けるための手段なのかもしれない。

CHAPTER 4:写真というメディアを選んだ理由

武信さんは現在、東京藝術大学大学院で写真をつかった作品制作を行っている。しかし、もともとは写真ではなく油画を専攻していた。

──見えないものを表現する手段として、なぜ写真を選んだのでしょうか。

「大学では油画を専攻していました。その頃、祖父の遺品としてカメラを譲り受けたことが、写真を始めるきっかけになりました」

当時、絵画の制作において迷いを感じる時期でもあった。

「自分が描く線や選ぶモチーフが、本当に自分自身の感覚から生まれたものなのか。それとも、無意識のうちに多くの人が良いと思うものを選んでしまっているだけなのか。自分の表現を疑うようになっていました」

そこで出会ったのが写真だった。

「カメラは光を捉え、時間を写し取る機会です。そしれ、それを操作する私がいる。作品は自分だけで完成するものではなく、様々な要素が対等に関わりながら生まれていく。その感覚がとても面白いと思いました」

更に写真が自身の作品とも深く結びついていると語る。

「写真は現実を写しているように見えて、現実そのものではありません。現実と現実ではないもの、その両方の性質を持っているからこそ、見えないものへ近付く表現と相性がいいと思っています」

写真は現実を写しながらも、現実そのものではない。その曖昧さが、武信さんが探求する「見えないもの」と響き合っている。

CHAPTER 5:世界が認めた、その先へ

審査員を務めたDiorメイクアップ クリエイティブ&イメージディレクターのPeter Philips氏は、武信さんについて「自分の感覚を信じ、自分だけの世界を築いているアーティスト」と評価。「顔のないセルフポートレート」という発想や、古典性と現代性が共存する表現を高く評価した。


世界各国から集まった若手アーティストの中で、その独自の表現が国や文化を越えて評価されたことは、武信さん自身にとって大きな励みになったという。

「文化を越えて受け入れていただけたことが、本当に励みになりました。これからも探求を続けていけたらと思っています」

見えないものを見つめ、分からなさと向き合い続ける。

その探求は、これからも新たな表現を生み出していくのだろう。

INTEVIEW NOTE

作品から受ける難解な印象とは対照的に、武信さん本人は終始穏やかな口調で、質問に対して一つ一つ丁寧に答えてくれた。インタビューの終盤、「作品から想像していた印象とは全く違いました」と率直に伝えると、武信さんは少し照れたように笑いながらこう返した。「私はめちゃくちゃ普通の人間です。安心してください。」

続けて、「自分の作品の話をするときは少し緊張するんです。作品だけを見ると、とっつきづらい人だと思われることもあるので」と本音が漏れた。

「見えないもの」を探求する武信さん。取材を通して見えてきたのは、その作品から受ける印象とは少しちがう穏やかな人柄だった。

text: Shun Tanaka

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