【西村宏堂さん初個展「Cells - 細胞 -」】自分を好きになる“祈りの絵画”でアートリトリート

Culture

2026.08.01

【西村宏堂さん初個展「Cells - 細胞 -」】自分を好きになる“祈りの絵画”でアートリトリート

西村宏堂さんという名前を耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。僧侶であり、メイクアップアーティスト。LGBTQ活動家の先がけとしても世界的に活躍しているからだ。2021年には、米国TIME誌の「次世代リーダー」に選ばれ、22年にはNHK紅白歌合戦の審査員を務め、話題を集めた。

その西村さんが、“現代美術家”として新たなキャリアをスタートさせようとしている。8月5日(水)から11日(火・祝日)まで伊勢丹新宿店で開催される1週間の個展が幕開けとなる。人とのつながりを大切に考える西村さんだからこそ生み出せる“祈りのアート”が迎える会場で、心癒やされる時間を過ごしてみてほしい。

Index

現代美術家は使命

絵画を通して伝えたいメッセージ

個展のタイトルに込められた願い

会場で迎える作品たち


現代美術家は使命



西村さんが現代美術家となったのは必然といえる。原点回帰と言っても良いだろう。なぜなら、西村さんは幼少期から絵を描くことが大好きだったからだ。

「あまり外で遊ぶのが好きではありませんでした。その代わり、カレンダーの裏などにいっぱい絵を描いて過ごしていました。旅先でも客室にあるメモ帳を全部使い切ってしまうほどだったんです」と西村さんは教えてくれた。

描いていたのは、プリンセスや妖精の絵。自然の中に見る妖精の姿はもちろん、歯ブラシの妖精や歯磨き粉の妖精など身近にあるものとも心を通わせて絵にしていった。

「一人で寂しい時に自分で考えたキャラクターの絵を描くと、友達が増えたような気持ちになっていました」

ところが、中学校で絵の上手な友人たちと出会ったことで、描くことを封印した。

「同じ年の友人たちが描く精緻(せいち)な少女漫画や写実的な虎の絵を目にして、こんなに上手には描けない。上手に描けないのなら意味がないと思って自信をなくしてしまったんです」

アートとの接点を失わず、西村さんが自信を取り戻すきっかけになったのは華道。8歳から16歳まで続ける中で、独自の感性を認めてもらうことで、アートへの熱意が高まっていった。先生には「西村さんは将来、偉大な芸術家になる」という予言めいた言葉で励まされた。

家族旅行で訪れたスペインのバルセロナで目にした、ガウディ設計の「サグラダファミリア」もひらめきをもたらした。

「巻き貝のような螺旋(らせん)階段や葉っぱの形をしたフェンスなど、ガウディが建物の一部に植物や動物を取り入れて、空想の世界を現実にしていることに感動しました。そして、私は、目の前にある“見えているもの”ではなく、“自分が見たい世界”を描きたかったんだと気づきました」

高校卒業後は、アメリカ留学へ。知人から、アートに本格的に取り組む場所としてアメリカを薦められたことがきっかけだった。ボストンで2年間一般教養を学んだ後、ニューヨークのパーソンズ大学でファインアートを専攻することにした。

「彫刻、動画、パフォーマンスアート、溶接など幅広く学びました。その中で水彩画を学んでいる時に、一つの手法に出会いました。紙にパシャッと絵の具を飛ばして、それが鳥の姿に見えたら鳥にするというように、偶然にできたものから形を作ることの面白さに目覚めたのです。見えるものではなく、自分の頭の中からアイディアを引っ張り出すことができることがとても楽しく感じました。そこから、展覧会のタイトルにもなっている“細胞”の絵を描き始めたんです」

この手法は、後に始めたメイクアップにもどこか似ていると西村さんは言う。メイクアップとは、偶然出会った人々が持っている本来の魅力を活かすために、どのパーツを引き立てれば輝くのかを考えるものだからだと。

「今回の展示では、約15年ぶりにその感覚へ立ち返っています。何を描くかを最初から決めるのではなく、自分の感覚に委ねて色や形を決める。そうすることで、細胞分裂のように自然と多彩な絵画が生まれてきました」

絵画を通して伝えたいメッセージ



絵画への情熱や自信を取り戻し、作品作りに取り組んでいたパーソンズ大学2年生のとき。西村さんにとって、作品作りの根本を変える衝撃的な出来事があった。

「さまざまな国からやってくる学生の中で、どうやって自分らしく輝けるかを模索する日々でした。日本というナショナリティを意識して、おひなさまや華道、折り紙などを使った作品にも挑戦していましたが、なんだか空回りしている気分でした。そんな時に、圧倒的な画力を持つ韓国からの留学生が兵役のために2年間休学することになり、発表会を行ったのです。彼は先生も尊敬するほど絵が上手な学友でした。そんな彼が発表した作品は、自ら軍服に身を包み、点呼や腕立て伏せを行うというパフォーマンスアート。息遣いや表情から、途中で夢を封印する悔しさやこれからの覚悟が伝わってきて、心にズーンと突き刺さりました。『技術やアイディアだけではなく、本当に自分が抱える悩みをぶつけてこそ、パワーがあって人の心に触れるアートが生まれる』と感じたのです」

西村さんがパーソンズ大学でつかんだ一番大事なことは、「なぜ自分はこのアートを作るのか。自分にしかできないものは何か」と問いかけることの重要性だった。そのアート観を転機として、以降は自身の経験や葛藤を作品に込めるスタイルへと作風が変化した。

自分のアイデンティティや役割を追求した結果、西村さんが選んだ道は僧侶の修行。浄土宗の寺院に生まれ、身近にありながらもずっと避けてきた僧侶の修行をして資格をとることで、どのように成長できるだろうかと考えるようになった。

「僧侶は皆に尊敬されて、LGBTQはなぜ差別されるのか? そういったモヤモヤが修行で解消されたように思います。『仏教は自分らしく生きることを肯定してくれる』と教えられたからです。僧侶の一番の役割は『みんなが平等に救われる』と伝えることで、そのためにはセクシュアリティや装いは関係ない。恩師のその言葉は、大きな自信と希望につながりました。同時に、自分らしさを応援できる僧侶になりたいと思うようになりました」

修行を終えて、さまざまな寺院でのボランティアを行う中で、西村さんが人々に届けたいメッセージが明確化する出会いがあった。九州のある寺院でのことだ。

「一人の女性から『同性愛はホルモンの異常』と言われたのです。とてもショックでした。その人のことをずっと憎んでいたのですが、怒っていると自分が消耗して、夜も眠れません。そこで、ふと、なぜ彼女はあのような思考に至ったのかという背景に心を寄せてみたのです。そうすると、その女性が大学進学や旅行などを禁じられて、抑圧された環境に置かれていたことを知り、その辛さを感じられたことで、心が穏やかになりました。自分だけがよくてもダメで、みんなのことを思えてこそ本当に自分も幸せになれると気づいたのです」

西村さんは、LGBTQだけではなく女性を含むすべての人が平等に尊重される社会の実現を目指すようになった。

「私の作品の根底には、『あなたはここにいていい』という思いがあります。さまざまな差別だけではなく、政治的分断やSNSによる対立が進む現代では、難しい文章よりもカラフルで可愛い絵の方が多くの人にメッセージを届けやすいと考えました。小さい頃から親しんでいた絵をもう一度、自分のメッセージとして再開することにしたのです」

そんな時に、伊勢丹のアート展のプロデューサーから声をかけられ、初の個展が実現することになったのだ。

個展のタイトルに込められた願い



今回の展覧会のタイトル「Cells - 細胞 -」には、「みんな繋(つな)がっている」という思いが込められている。メイクによって外見を、仏教で内面を見つめ、これまでの人生で葛藤しながらたどり着いた境地である。

西村さんは個展のあいさつとして、こんな文章を寄せている。

「ささくれができると、体全体が痛い。
小さくても傷があると体全体の調子が乱れる。
この社会も同じで社会のどこか一部が傷付けば、全体が歪んでしまう。
それはささくれが体全体に影響する感覚と同じです。
誰かが苦しんでいる限り、社会全体の幸せは完成しないのだと思います。
ですから、この社会で人は『自分だけよければいい』という生き方はできないのです。
私たちの体は、無数の細胞でできています。
一つひとつはとても小さな存在ですが、互いに関わり合い、
形を変えながら、つながっています。
仏教には「同体大悲(どうたいだいひ)」という言葉があります。
私たちは別々のように見えても、本来つながっている。
相手の苦悩を「自分のこと」として感じることが大切です。


思いやりの気持ちは忘れがちです。だからこそ私は、細胞の絵を描きます。
みんなが繋がっているということを、思い出すために。」

展覧会には、心が救われるようなメッセージが込められた多彩な作品が並ぶ。

「私の作品を見ていただくことで、悩みや憤りを乗り越えるヒントになればと思っています。イライラした時には、心を落ち着かせる存在に。本当の幸せは他人を思いやってこそという考えを思い出してもらいたい。そんなビジョンボードとして、その人の人生の一部となってくれればうれしいです。絵を見ることで、メディテーションとなって、自分をもっと愛するようになれたり、パワーを受け取ってもらえるように思いを込めています。それぞれの絵に込められた、あなたは一人ではない、自分の色で輝いていいんだというメッセージから、自分に合った絵を見つけてください」

思えば、幼稚園の頃から、お友達のために似合う服や髪形のアドバイスをするのが好きだったという西村さん。その気持ちは変わらず、大人になり、メイクアップや僧侶、アーティストとして人を輝かせる活動につながった。

この日、アトリエで案内してくれた西村さんは、お母様の友人のきものをリメイクしたオールインワンに身を包み、エレガントなメイクアップで自信と希望に満ちていた。そして、悩んだ時間が多かった人だけが持つ優しいオーラをまとっていた。取材というより、言葉を交わすだけで、スッと心が凪(な)いでいくのがわかるリチュアルのような時間だった。

会場では、毎日、西村さんがゲストを迎えてくれる。あなたの心を癒やす作品もきっと見つかるはずだ。そして、西村さんの思いに触れ、優しい気持ちになる絵画に触れれば、会場を出る頃には、いつもとは少し違った風景が見えているだろう。

会場で迎える作品たち

今回、展覧会に並ぶ作品は150点に及ぶ。すべて、西村さんが日夜心を込めて制作した新作だ。一気に仕上げることはなく、作品と対話を繰り返しながら作り上げた作品たちだ。心を穏やかにし、一人一人の個性を輝かせるために──。

その作品の一例をここに紹介したい。心に響く一点があれば、実際に会場で向き合ってほしい。
 

「細胞」シリーズで、ミツバチの巣に見立てて描かれたもの。ミツバチがいないと生態系が壊れてしまうということにかけて「みんなが繋がることに意味がある」という共生のメッセージが込められている。



こちらも「細胞」シリーズ。偶然できた形を生かしてザクロに見立て、ガーネットの石があしらわれている。「この細胞の絵は、絵の具と水をたっぷりつけた筆を動かすと、色がキュルキュルと動くんです。そこから、因果応報という言葉を思い出しました。理由があって、今の言動がある。全ては繋がっているというテーマを込めています」と西村さん。



「パズル」シリーズ。「みんな色が違って、みんな形が違うからこそ、幸せな社会が成り立つ」というメッセージが込められている。西村さんはこう語る。「違うからこそ、こういう人がいたらいいなというところにピタリとはまって、今までになかった可能性や希望を提案できるのです。私たちは普通ではないと言われることがあるかもしれません。でも、だからこそいい。悩んだからこそ聞いてあげられる悩みがあるかもしれない。そういったことをこの絵は表しています」



「月」シリーズ。浄土宗のテーマソング「月影の歌」を独自の感性で絵画に表した作品。「月影の至らぬ里はなけれども、眺むる人の心にぞすむ」という宗歌に沿って、月の光が里にいるみんなを照らすように、遊女、罪人、狩人、みんなが救われるというテーマが静かな雪の夜の景色として描かれている。温かみがあって、愛らしいうさぎも顔を出し、クリスタルとムーンストーンの輝きが調和している。


「蓮(はす)の花」シリーズ。「あなたの色で輝くことが素晴らしい」というテーマで描かれている。極楽の蓮の池に咲くさまざまな色の蓮の花のように、それぞれの個性があってこそ、お互いの力を合わせて社会を豊かにするというメッセージが込められている。



西村さんが描いているのは、「黒い花」シリーズ。ニューヨーク留学中に自信を失っていた時期、ミスユニバースで優勝した森理世氏が大会で身につけていたヴィヴィアン タムのドレス姿に勇気をもらい、そのドレスの曼荼羅(まんだら)模様からインスピレーションを得た白黒の作品。華道で学んだ構成と仏教の曼荼羅を融合させている。

衣装:CLARENDON COURT
photos: Tomoko Hagimoto text: Rica Ogura


Information
西村宏堂展「Cells - 細胞 -」
会期:2026年8月5日(水)~8月11日(火・祝日)
午前10時~午後8時(5日は午後4時終了、最終日は午後6時終了)
会場:伊勢丹新宿店 本館6階 催物場
特設サイト:https://kodonishimura.com/cells_jp/
入場料:無料

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