手のひらの一冊に宿る 能登と私たちをつなぐ『NOTO no KOE』

Culture

2026.06.06

手のひらの一冊に宿る 能登と私たちをつなぐ『NOTO no KOE』

能登半島地震が起きたのは2024年。日々の忙しさの中で、被災地への思いが少しずつ遠のいてしまうことに、どこかもどかしさを抱えてはいないだろうか。声高な復興支援ではなく、日々の暮らしや旅の延長線のような感覚でその土地とつながれる、小さな本が生まれた。発行人のひとりであるクリス智子さんに、『NOTO no KOE — little book』に込めた願いを聞いた。

Index

深い時間が流れる一冊

能登からそれぞれの原風景へ

手のひらのサイズと余白

文字の声をたどって


深い時間が流れる一冊

ラジオパーソナリティのクリス智子さん、フレンチレストラン「エスキス」のシェフであるリオネル・ベカさん、フードプランナーの勅使河原加奈子さん。この3人が自ら出版人となり、自費出版という形で世に送り出した本がある。タイトルは『NOTO no KOE — little book』。

もともと能登半島に魅せられていた3人ではあるが、2024年の震災以降、リオネルさんは親しくしている能登のシェフたちと「NOTO no KOE」という料理イベントを開催。その際に、クリスさんも友人として、できることはないか、と参加したことに端を発した。さらにリオネルさんは撮りためていた能登の写真から「ロードブック」といった構想を温めていたようだが、もっと様々な方の言葉と写真が合わさったら面白いのではと、クリスさんは強く思い、出版へと動き出した。

手探りで1年ほどをかけて作られたこの本には、クリスさんのこんな実感が込められている。

「時間をかけるということは、裏切らないと思うのです。効率やコスパが重視される時代ですが、そこを省いてしまうと、本当にやりたいことが見えてこない。経験する、ということもAIにはない人間ならではの時間。誰かの声に耳を傾けたり、その人を理解したりすることは、決して簡単ではありません。ただ『読んで知っている』という表面的なことではなく、反芻(はんすう)することこそが、本来はその人の思考を形作っていくはず。今回はそうした時間を互いに作れたら、と思って生まれた本です」

能登からそれぞれの原風景へ


時間を重ねて作られた『NOTO no KOE — little book』は、能登の写真と多彩なクリエイターの言葉で形をなしている。
 
石井かほりさん、内田也哉子さん、岡本英史さん、関口涼子さん、生江史伸さん、平田明珠さん、皆川明さん、熊谷和徳さん、石川直樹さん——映画、文章、食、写真など、それぞれのフィールドで活躍する9人の表現が、ページをひらくと目に飛び込んでくる。そこに発行人である3人が加わり、一冊の形を成した。

参加をお願いしたとき、全員が二つ返事で引き受けてくれたという。そして、クリスさんが彼らに伝えたテーマは、ただひとつ。「能登のことだけでなくていい。自分の大事な風景、大切なもの、暮らしの中の気づきを書いてほしい」ということだった。

震災後の現状をジャーナリスティックに伝えるのではなく、太古から未来へと続く能登の美しさと希望を軸に置くこと。支援という枠組みだけでは入りにくい人にも「読み物としておもしろい」と感じてもらえるものを届けたかった。

「本当に素敵なエピソードが集まりました。普段、こんなに深い話を直接言葉にする機会はなかなかない内容なのかもしれません。誰か一人の思惑で生まれた本ではないからこそ、共鳴し合える。結果的に、すごく有機的な形を持った本になりました」

写真の選定にも、その思いは込められている。編集者やデザイナーと相談を重ねる中で、最終的には「希望」と「美しいこと」をていねいに伝える形へと磨かれていった。能登に住む人々からは「自分たちが住んでいるところがこんなに素敵だと思えてうれしい。ありがたい」という声も届いているという。 

「日本全体でいつの間にか失われてしまった大切なものを、能登から学ぶ。そんな視点もあるのではないかと思っています。震災後に現地で家々が崩れている景色を見て、胸は痛みました。でも同時に、『ここまで美しい文化が残っていたこと自体がすごいな』とも思ったのです。私たちは『能登だから』と特別視するよりも、これから何を未来へ残し、何をつないでいくべきかを考えたい。根っこが土にしっかり張っているところで生きることが、私たちの安心感につながりますよね。小さな本ですが、そこには揺るぎない、しなやかな強さが宿っているといいなと思っています」



手のひらのサイズと余白


最初は愛称だったという「リトルブック」という言葉が、そのまま本の仕様になった。「ポケットやカバンに気軽に入れて、旅先などで1ページずつ、ご自身のペースで読んでほしい」という願いが、サイズそのものに宿っている。

また、本の中には、意図的に設けられた「何も書かれていない真っ白なページ」もある。

「白も含めて、これがひとつの完成形だと感じています。言葉にできない感情を言葉にしようとしているわけですから、写真や、何かを感じ取る余地がとても大切になる。余白のページは、それぞれが思ったことを載せるページであればいいな、と思っています」
 
巻末には、写真の撮影地へとつながるQRコードがさりげなく添えられているのも特徴だ。
 
「情報通りに歩くのではなく、能登の自然や空気に触れながら、『この景色はどの辺りだろう』と思いをはせて、ご自身の足でそこに立ち、景色を見つめてもらいたいなと思って」
 
テスト

クリスさんのお気に入りのページ

文字の声をたどって


クリスさん自身、2011年の東日本大震災のとき、出産が重なり被災地へ足を運びたくても動けないもどかしさを抱えていた経験がある。能登の震災時にも、当時の自分と同じような思いをもっている人がいるのではと感じたという。

「本を読むときは自分のペースで、心の中の声で読んでいきますよね。会話とは違う、文字だからこそ自分の中に深く落ちてくる声がある。そういうおもしろさが、この本で表現できたらなと思います。義務感からではなく、ふとしたきっかけや縁で、人と能登をつなぐ媒体になれたら。温かい輪が生まれて、人と人がつながっていけたらうれしいです」

今後は視点やテーマを変えながら、例えば能登に暮らす人々の声を集めるなど、シリーズとして続けていきたいとクリスさんは前を向く。 

手のひらにおさまる小さな一冊『NOTO no KOE — little book』は、かつて訪れたあの景色を呼び起こし、まだ知らない能登へといざなってくれるだろう。

photo: Tomoko Hagimoto, interview: Izumi MIyachi, text: Tomoko Komiyama



『NOTO no KOE — little book』

仕様: A6サイズ、116ページ
定価: 1,980円(税込)
写真:リオネル・ベカ、石川直樹(P.65〜66)
文:石井かほり(映画監督・治療家)、石川直樹(写真家)、内田也哉子(文章家)、岡本英史(BEAU PAYSAGE 栽培醸造家)、熊谷和徳(タップダンサー)、クリス智子(ラジオパーソナリティ)、関口涼子(作家・翻訳家)、勅使河原加奈子(フードプランナー、通訳・翻訳)、生江史伸(シェフ[L'Effervescence/bricolage bread & co.])、平田明珠(シェフ[Villa della pace])、皆川明(minä perhonenデザイナー)、リオネル・ベカ(料理人・シェフ)
発行人: クリス智子、勅使河原加奈子、リオネル・ベカ
発行所: NOTO no KOE Publishing

※本書の収益の一部は、能登地域へ寄付されます。
https://notonokoe.base.shop/

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