日本の伝統工芸は、グローバル・ラグジュアリーの文脈において、匿名の下請けから名前を持つ共創パートナーへと、その立ち位置を変え始めたのだ。もちろん、この変化は一方向ではない。
ロゴではなくものづくりの背景が問われるようになったことで、ブランドはその価値を支える「日本のクラフト」を求めるようになった。一方で、伝統工芸の側にとっても、こうした文脈に関わることが生き残りと新しい表現の場を開く一つの選択肢となっている。
その象徴的な例が、有松鳴海絞りのブランド「suzusan」である。400年以上の歴史を持つ有松鳴海絞りの技法を背景に、鈴三商店五代目の村瀬弘行氏がドイツで立ち上げたブランドだ。伝統技法を現代のプロダクトへと転換し、「ディオール」のオートクチュールに生地を提供。カシミヤなどの高級素材やインテリアにも展開し、現在は29カ国で販売されている。
名古屋・有松は、江戸時代から続く古い街並みとともに、400年以上の歴史を誇る有松鳴海絞りの産地として知られる。「suzusan(スズサン)」はその伝統を継ぎ、「鈴三商店」をルーツに発展。五代目・村瀬弘行氏はドイツでブランド「suzusan」を創業し、現地でのデザインと有松での生産を融合。カシミヤやシルクなど上質素材に絞りを施し、衣服からホームコレクションまで世界29カ国で展開を行う。海外ラグジュアリーブランドとの提携、教育や産地連携も進めながら、伝統を現代のライフスタイルへと昇華している

伝統工芸がラグジュアリーの文脈を獲得することは、地域経済にも新しい回路を開く。
富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」はその好例である。400年続く高岡銅器の技術を基盤に、錫100パーセントの「曲がる器」で国内外に知られる存在となった。

1916年、富山県高岡市を拠点に創業した「能作」は、高岡銅器の伝統を継承しつつ、世界初の錫100パーセント鋳物を確立。テーブルウェアやインテリアを通じてその魅力を発信してきた。新たに始動した「NS byNOUSAKU」は、軽くしなやかな錫の特性を生かしたジュエリーブランド。体温に馴染むやわらかな質感と上品な輝き、縁起の良い素材としての背景を大切にしながら、錫と金を融合した新素材で、その可能性をさらに広げている

かつて問屋の下請けに徹していた同社を、自社ブランドへと転換させたのが現会長の能作克治氏である。若い頃、工場見学に来た母親が子どもに「勉強しないとこういう仕事にしか就けないよ」と言うのを耳にし、職人の地位を変えなければならないと決意したという。
2017年には工場見学や体験ができる新本社を開設し、年間13万人以上が訪れる産業観光の拠点へと成長させた。2023年には長女の能作千春氏が五代目社長に就任し、「錫婚式」を提案、ウェディング分野やジュエリー分野へと新たな事業を展開している。
「suzusan」もまた、有松の直営施設で絞り体験を提供し、海外からの来訪者を産地へ呼び込んでいる。
ラグジュアリーホテルや高級観光列車が伝統工芸をキュレーションする動きも各地に広がった。
工芸は「買うもの」から「訪ねるもの」へ、さらに「体験するもの」へと広がり、産地ツーリズムという新しい経済圏を形づくりつつある。
もちろん、多くの産地で職人の高齢化と後継者不足は深刻である。国際的な評価の高まりと人材基盤の脆さとの緊張は、いまだ解消されていない。
それでも現場で取材を重ねていると、未来を見据えて伝統工芸の形を更新しようとする若い担い手たちには、いくつか共通した姿勢があるように思えてくる。
第一に、外側の視点を持つこと。自分たちの価値は、近すぎると見えない。村瀬弘行氏はドイツという距離を置いた場所で有松鳴海絞りの美しさを再発見した。能作千春氏も、神戸のセレクトショップに並ぶ自社製品の魅力を上司から評価され、家業の可能性をあらためて実感したという。
第二に、文脈を翻訳する言語を持つこと。技術そのものを変える必要はない。だが、その意味を現代の市場や文化の言葉に翻訳できなければ、どれほど精緻な手仕事も世界には届かない。「エルメス」と「京都マーブル」の10年は、一つの染色技法が国際的なラグジュアリーの言語へと翻訳されていく過程でもあった。
そして第三に、完璧な条件を待たないこと。構想の大きさよりも、一歩を踏み出す意志が道を開く。伝統工芸の価値は、ただ「発見される」のを待っているわけではない。価値とは、つくるものだ。そしてそれは、かつてもこれからも、意志をもって手を動かす「人」から始まる。
海外ラグジュアリーブランドとのコラボレーションに近年力を注ぎ、中野香織氏も注目する「民谷螺鈿」。1300年以上続く絹織物の産地、京丹後に工房を構え、1977年、丹後の織元・民谷勝一郎が「貝殻を織る」発想を実現。螺鈿と引き箔を融合し、貝殻を糸状にして帯に織り込む独自技術を確立した。2006年からは、パリを拠点に海外へのアプローチもスタートし、海の煌めきを宿す織物を世界へ向けて発信している。
中国のクチュールデザイナー、グオ・ペイとのコラボレーションで、螺鈿織生地を全面に使用したドレス
©TAMIYA RADEN

厚さ約1ミリまで削り出した貝殻を丁寧に切り出し、職人の手によって丹念に配置されていく工程
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