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女方の美を、ヨーロッパへ。「Meet Kabuki」パリで開催

©SHOCHIKU

400年以上の歴史を持ち、ユネスコ無形文化遺産にも指定された歌舞伎。日本で大ヒットした映画『国宝』は海外でも公開され話題となり、世界中で歌舞伎への関心は高まっている。そんな中、若手注目株の歌舞伎役者・中村鷹之資が出演するヨーロッパ巡業「MEET KABUKI -The Art of “Onnagata” Europe Tour 2026-」が4月9、10日、パリ日本文化会館で開催された。公演のテーマは、「女方(おんながた)」。女方の芸術性に焦点を当てたプログラムをリポートする。

「アン・ドゥ・トロワ! アン・ドゥ・トロワ!」
舞台と客席が一体となり、女方のしぐさを練習。時折笑いに包まれながら、フランスの人々が興味津々に舞台の様子を見つめるのは、「MEET KABUKI -The Art of “Onnagata” Europe Tour 2026-」だ。

舞台に立つのは、若手注目株の歌舞伎俳優・中村鷹之資。彼にとって、今回のヨーロッパ巡業は初めての海外公演。このフランス・パリ公演を皮切りに、イタリア・ローマ、ドイツ・ケルンを巡る。

パリ公演のチケットは、発売開始後すぐに完売。フランスでの松竹製作の歌舞伎イベントは、2018年にパリを中心に開催された「松竹大歌舞伎」以来のこと。フランスは日本文化への関心が非常に高い国だが、歌舞伎に触れられる機会は決して多くはなく、今回のような巡業は貴重な機会。だが、今は亡き中村鷹之資の父で人間国宝の五世中村富十郎は海外公演に積極的で、フランスでも何度も公演を行っていた。

Meet Kabuki
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「父(五世中村富十郎)から海外公演、特にパリ公演のことは何度も聞かされておりました。私も先日オペラ座やムーラン・ルージュを訪れ、芸術の水準の高さ、そして関わる人たちが自国の文化に誇りを持っている姿に感銘を受けました。日本の歌舞伎を代表して今回参りましたので、歌舞伎の名に恥じないよう、皆様に歌舞伎の魅力を精いっぱい伝えられればと思っています」と中村は語る。

今回の巡業のテーマは、「女方(おんながた)」。歌舞伎の世界は男性のみが舞台に立ち、女性役を担うのが女方、男性役を担うのは立役(たちやく)といわれる。男性が演じ、女性のエッセンスで魅了する女方は、歌舞伎のユニークな特徴のひとつ。化粧、衣装、所作、すべてが数百年にわたり磨き上げられ、歌舞伎特有の手法として発展を遂げてきた。

プログラムは3部構成で、第1部は中村鷹之資本人による、女方の所作や化粧、着付けの過程を舞台上で見せるデモンストレーションレクチャー。第2部は女方で演じる長唄舞踊の名作『藤娘(ふじむすめ)』、第3部は女方から獅子へと姿を変えて『石橋(しゃっきょう)』を披露する。一人の歌舞伎俳優が女方になるまでを見せ、女方も立役も演じるという、斬新かつバリエーション豊かな構成だ。

「今回のような、女方ができるまでの化粧や着付けをお見せすることは、私自身にとって初めての試みです。歌舞伎において楽屋は役者にとって聖域のようなものですので、それをご覧いただけるということは、初めて見ていただく方にとっても興味深いものになるのではと期待しています」

開演時間の19時となり、幕が開き第1部がスタート。はじめに歌舞伎の歴史や決まりごと、女方と立役の違いについて説明。手ぬぐいを用いて恋文を書き相手へと見せる所作など、女方のしぐさをみんなで練習すると、客席は盛り上がりをみせ、会場に一体感が生まれた。

そしていよいよ、女方ができるまでのデモンストレーションレクチャーがスタート。本来神聖な場所であり、日本でもめったに覗(のぞ)くことはできない楽屋を舞台上で再現し、女方へと扮装(ふんそう)する過程を披露する。

Meet Kabuki
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まずは化粧から。化粧道具を並べた鏡台の鏡がくりぬかれ、観客たちが覗き込む。おしろいを、顔だけでなく首や襟、腕にも塗り広げていく。ポイントとなるのは、眉。顔の印象を大きく左右するため、眉毛を描き終わるまでは、決して話しかけてはいけないとされている。他にも、口は自分の口より少し小さめに描くなど、女性らしい見せ方についてレクチャー。慣れた手つきで素早くメイクし、あっという間に美しい女方へと姿を変えていく。

「歌舞伎役者は自ら化粧をするので、メイクアップアーティストはいません。化粧を習得するのも、大事な役者修行の一つなんです。どんな色を使い、どんなメイクをするかで、その役がどんなキャラクターかがわかります」

メイクが終わると、着物の着付けへ。

Meet Kabuki
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藤娘の少女の衣装は重さ7キロで、かつらは2キロ。一般の人からみると動くだけでもやっとの重さの衣装を身にまとい、しなやかに舞う。刺繍(ししゅう)などを多く施されている女方の衣装は立役のものより重い場合が多く、その可憐(かれん)な見た目からは想像がつかないほどに肉体に負荷がかかる。

完成した女方の姿で舞うのが、第2部の『藤娘』だ。

「どちらかというと私は立役を多く演じていますが、藤娘は立役を中心に演じる役者でも必ず稽古(けいこ)をする、古典的で基本的な女方の踊りです。ストレートに藤娘の魅力が伝わるよう、基本に忠実に演じます」

Meet Kabuki
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恋心を踊る、はかない藤娘。藤の花を手にしなやかな舞いが始まると、その柔らかで可憐でありながらも色っぽいしぐさや目線に見ほれてしまう。

客席から特に大きな拍手が起こったのが、衣装を一瞬で変える「引き抜き」の瞬間。引き抜きとは、重ねられた衣装の上衣を、後見といわれる舞台上で演技の補助を務める者が外し、すばやく衣装替えをする舞台技法。一瞬にして衣装が変わると、惜しみない拍手が送られた。

Meet Kabuki
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続く第3部は、『石橋』。こちらは女方ではなく、立役の作品。女方の姿から一変、獅子に扮し、豪快に長い毛を振るダイナミックな毛振りを披露する。

「石橋は私たち天王寺屋にとって、ゆかりのある演目です。私が11歳のときに亡くなった父から、生前に唯一、直接稽古をつけてもらったのがこの『石橋』の毛振りなんです。父が私の子供用の獅子の毛を頭にかぶり、実際に振って見せてくれた光景は今でも鮮明に覚えています。歌舞伎の世界では、指導はすべて直接口伝えで教えるのですが、その時の父の姿や言葉は私の一生の宝ですし、今でも大事に守っています」

Meet Kabuki
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真っ暗な舞台がパッと明るくなると、橋の上に力強い獅子が現れる。先ほどの可憐な女方から一変し、目の周りは赤と黒で隈取(くまど)られ、長く真っ白な髪をまとった獅子の姿。髪を振り回すダイナミックな毛振りの力強さに、圧倒される。

締めくくりは、力みなぎる見得(みえ)。幕が閉じても拍手と歓声は鳴りやまず、中村鷹之資は何度もカーテンコールに応えた。

Meet Kabuki
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会場を訪れたフランスの人々は、「素晴らしい公演でした。デモンストレーションで女方になっていく様子は圧巻で、興味深かったです」「藤娘と石橋、同じ人が演じているだなんて信じられません。歌舞伎の多様性を感じました」など、一人の歌舞伎俳優が女方と立役の両方を演じ分ける姿に興奮冷めやらぬ様子だった。

Meet Kabuki 中村鷹之資
中村鷹之資
1999年東京生まれ。屋号・天王寺屋。人間国宝・五世中村富十郎の長男。2001年、中村大を名乗り初舞台。2005年に初代中村鷹之資を披露。
©Tadao Matsuda

text: Yuri Tomita

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