具象彫刻の可能性を押し広げてきたロン・ミュエクの個展が、森美術館で開催される。2025年には韓国の国立現代美術館で開催され、同館の最多動員数を記録した。作家とカルティエ現代美術財団の関係性によって企画された展覧会で、パリ、ミラノ、ソウルを経て、東京へ。作家や本展のみどころについて、担当キュレーターの近藤健一氏に聞いた。
「初期の代表作から近作まで11点を展示します。ミュエクは寡作で知られ、各時代の作品がこれだけ揃うことはそうありません。作家の全貌を概観する貴重な機会です」

ミュエクは1958年、オーストラリアに生まれ、現在はイギリス在住だ。映画・広告業界でモデルビルダーや特殊効果担当者として働いた後、1990年代半ばから作家活動をスタートした。
「ミュエクの義母がパウラ・レゴという画家で、1996年に彼女がロンドンでグループ展に出品する際、彼女の絵画と一緒にミュエクの彫刻《ピノキオ》を展示しました。これが、彼の現代美術作家としてのデビューです」
翌年、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツでの「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト」に出展。他界した父を半分のサイズで表現した彫刻《死んだ父》で、イギリス美術界の注目を集める。2001年、ヴェネチア・ビエンナーレに4.9メートルの少年像《ボーイ》を展示すると、その名は世界に知れ渡った。
「今の現代美術界で、本物そっくりな人体彫刻を作っている作家はあまりいないと思いますね。ただ、ミュエクの彫刻は髪の毛や髭の一本一本までリアルに作られていますが、一見して本物ではないことがすぐにわかります。たとえば《マスクII》という作品は自画像ですが、実寸の4倍ほどあるうえ、ペラペラで薄いのです」

素材は樹脂やシリコンなどが使われ、小さく作られたものも大きさに圧倒されるものもある。
「1メートルほどの《死んだ父》は、人の身体や存在が死後に小さくなることが表現されているようでもあります。《買い物中の女》はロンドンで見かけた女性をモデルにしていますが、その小ささは、誰も子どもの面倒を見てくれず、現実の厳しさに押しつぶされそうな様子を表しているようにも思えるのです」

一方で、《マス》は100個の大きな頭蓋骨が積み重なり、鑑賞者はその群れの中に没入する。
「頭蓋骨は歯の欠け方やヒビの入り方など、一つひとつ異なります。死後、性別も年齢もわからなくなった状態において、人間の集合体を表現しているようでもありますね」
《マス》は2016-2017年に作られた作品で、この作品を境に変化が見られるという。

「以前は一人の人物を扱うことが多かったのですが、近年ではシドニーの個展で発表された《騒乱》という巨大な犬の群れを表した作品をはじめ、人間以外を題材にすることも増えてきました。今回の展示会では、ニワトリと男性が対峙する《チキン/マン》も展示します」
人間そっくりの人型ロボットも生まれる現代において、ミュエクの作品は異質な驚きをもたらす。
「作家本人は作品の意味を語りません。鑑賞者自身が自由に想像力を膨らませる体験となるでしょう」
精巧で生々しくも、神秘的。リアルでもアンリアルでもある彫刻の前で、鑑賞者はしばし足を留める。作品、そして自身を見つめることになるだろう。

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ロン・ミュエク
会場:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
会期:4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)
開館時間:10:00 - 22:00(火曜日のみ17:00まで、5月5日[火・祝]、8月11日[火・祝]、9月22日[火・祝]は22:00まで)
※入館は閉館時間の30分前まで
※会期中無休
入館料:一般は当日窓口が平日2300円、土・日・休日2500円、オンラインが平日2100円、土・日・休日2300円
お問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)
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©︎marie claire/text: Saya Tsukahara
ロン・ミュエク
1958年、オーストラリア・メルボルン生まれ。1986年からイギリス在住。1996年に現代美術界にデビュー。日本では十和田市現代美術館で《スタンディング・ウーマン》(2007年)が展示されている。一作品を制作するために時には数年を要し、過去30年間に制作された作品総数は50点ほどしかない。