アカデミー賞ノミネートの山崎エマ監督が語る、いま世界が注目する「日本人の強み(アドバンテージ)」

Culture

2025.02.28

アカデミー賞ノミネートの山崎エマ監督が語る、いま世界が注目する「日本人の強み(アドバンテージ)」

いよいよ日本時間3月3日(月)に授賞式が間近に迫るアカデミー賞。今年は、第97回アカデミー賞「短編ドキュメンタリー部⾨」に、日本人監督による日本題材の作品では初となる『Instruments of a Beating Heart(インストゥルメンツ・オブ・ア・ビーティング・ハート)』がノミネートされたという快挙に注目が集まっている。

監督の山崎エマさんは、イギリス⼈の父と、⽇本⼈の母をもち、日本で育つ。大学からニューヨークへ渡ると、海外生活の中でたびたび気づかされる“日本人としての自分”がいた。そのルーツは公⽴⼩学校にあると考え、コロナ禍の2021年4⽉から1年、150⽇、700時間(監督の⼩学校滞在時間は4,000時間)の撮影を敢行し、ドキュメンタリー映画『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』を制作。ノミネート作品の『Instruments of a Beating Heart』はそこから生まれた短編版である。

「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」という本編映画のキャッチコピーのとおり、小学1年⽣と6年⽣に焦点を当て、“日本人がつくられる過程”を追うドキュメンタリー。観る人の過去の記憶と交錯し、とくに公立小学校に通って大人になった者の心を軽くし、じんわり温かくさせる作品だ。

一躍、時の人となり多忙を極める山崎エマ監督に、作品に込めたメッセージと“日本人であること”について伺った。

© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

──長編と短編のタイトルが異なりますが、それぞれに託した意味や思いをお聞かせいただけますか?

短編のタイトルは、和訳すれば「心はずむ楽器たち」。劇中に出てくる1年生の子どもたちの言葉のやりとりから借りたわけですけれど、なかなか意図は伝えにくいかもしれませんね(笑)。

短編の誕生は、撮影を進めるうちに、長編とは別の考え方で、短編もあると異なる形でいろいろな人に届けられるという思いが芽生えたことから始まりました。 実際に形になったのは、長編の編集期間に、プロジェクトを売り込んだニューヨーク・タイムズとの話がきっかけでした。一緒にプロジェクトを行いたいと言っていただきましたが、ニューヨーク・タイムズの配信は短編しか扱いません。そこで、この機会を待っていましたとお受けしたことが、二つの作品の同時制作へつながったのです。

伝えたいテーマは一緒ながら、長編は主人公が学校で、公教育のシステムを描いています。短編の主人公は、1年生のあやめちゃんという女の子。楽器オーディションに挑む彼女を巡って、一つの物語が構成されています。ある意味、短編の方がわかりやすいかもしれません。

──子ども同士がとても優しくて思いやりにあふれていましたし、長編のほうは先生方の葛藤も印象的でした。先生のスタンスも、ご自身の頃とは違っていましたか?

そうですね、ちょっと緩いというか、それが時代なのか。学校って楽しくあるべきですしね。

私の頃は厳しい先生たちが多くて、そういう先生たちが思い出に残っているし、大人になって気づいたありがたさがありますね。きっと優しい先生もいたと思うので、具体的な記憶がないだけかもしれません。

学校のよいところは、いろいろな先生方がいることだと思います。厳しい指導をするのが難しくなっている時代。みんなが厳しくても困りますけれど、みんなが優しくても学校として成立しないから、先生方の悩みと現実も見たように思いますね。

何かを乗り越える経験の大切さ、ときには厳しく、愛情を持って指導するところもなくては、という私個人の「思い」があって、映画にはそういう場面が何回も登場します。 日本の社会は学校にいろいろなことを要求していて、正解がない中で悩みながらやっている人間的な姿。先生方も人間ですから、大変とか過酷とか表面的なことではわからないところまで届けたいというのがありました。

──ご自身の小学校時代と比べて、変わったと思った点、逆に変わっていなかったところはありますか?

変わってないのは風景。小学校の校舎とか。運動会や音楽会などの行事、給食や掃除、委員会活動も。その辺のシステムは変わってなかったですね。体操服も似ているし、色とりどりになったけれどもランドセルだし、というようなところ。 だけれども、やっぱり長く過ごしていると本当に進化しているところがたくさんありました。1人のためにみんなが待つ、先生が待ってくれる、それは私の時代にはなかったように思いますね。

私は給食を食べるのが遅くて、時間内に食べ終わらず掃除の時間にかかってしまうと後ろに押し込まれて、泣きながら食べていたのですが、もちろんそういうことはなくて。ありのままを認めてよいところを先生たちが探す、なるべく褒める、みたいな空気になっていました。そのあたりのことは1日、2日の撮影ではわからなかったと思います。

──ご自身の小学校時代の一番の思い出はなんでしょう?

運動会ですかね。6年生のとき、巨大ピラミッド組体操経験者です(笑)。確かに危険だったから、いまやらなくなった理由もわかるんですけど、当時、絶対できないと思ったことを何週間もかけてみんなと練習して、できた。 しかも失敗が許されない本番でプレッシャーがかかる中、人前でできた感動、達成感、これだけ頑張ればこういう景色が待っているんだ! というようなことが、やはりその後の人生にも生かされたし、12歳にして見た鮮烈な景色として残っています。

© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

──最後のシーンがとても印象的で心に残っています。まるで台詞(せりふ)が用意されていたかのような大人っぽい口ぶりのようで。それが微笑ましくもあり、深い意味もあり、ドキッとさせられました。

あのシーンは撮影最終日でした。150日目。新入生を歓迎する演奏を控えてはいましたが、もう最後の時間の出来事で。みんなでやらないとできないけれど、その分、犠牲もあるということを、子どもなりに楽器やハートにたとえた会話でしたね。

──ドキュメンタリーですから、意図してそのシーンを作り出したのではなく、その場に居合わせたこと、そして映像として捉えることができたことが、すごいことではないでしょうか。

そうですね。1年間、小学校教育を見てきた中での、本当に的を突いている会話というか。すごいシーンだと思います。日々起きていくことを一番の熱量で捉えていくという作業を、毎日毎日ずーっとやってきた、その結果のご褒美かもしれません。

──1年間の密着撮影の中で、ご自身も妊娠して、撮影後に出産されました。親という目線が加わることは、このプロジェクトに何か変化をもたらしましたか?

はい、ありましたね。まず見た目がどんどん変化していくので、子供たちに「山崎さん、太ったね」と言われたり、赤ちゃんの名前を提案してくれたり、ある意味、一つのコミュニケーションツールになっていきました。

ずっと前から「いつか子供ができたら公立の小学校に入れたい」と思っていたことが現実になるかもしれない、という目線になったことも大きかったですね。親御さんたちともたくさん交流していたので、親ってこういうものなんだと学びながら撮影に臨めたのも影響していると思います。

撮影後に出産してからは我が子を抱っこしながら編集作業をしたりもしていたので、子供を思う親の気持ちをより具体的に考えることができたのは、このプロジェクトにとってとてもプラスだったのではないでしょうか。

──ご自身は、中学からはインターナショナルスクールに進学されましたが、息子さんにはどうお考えですか?

小学校までは日本のシステムで、中学校からインターというのは親が前々から決めていたみたいで、そこは自分の意志はありませんでした。

10年前からこのプロジェクトを続けて、いろいろな日本の公立小学校のシステムを見て、さらに1年間撮り続けて裏側や深いところまで見ても、子どもを日本の公立小学校に通わせたいという考えは変わらなかったです。

完璧な教育制度って世界のどこにもないし、本当はいいとこ取りができればいいんですけどね。日本のやり方だって、課題も多いのは事実です。でも総合的に考えたら、小学校に関してはプラスが多いので、息子にも日本の公立小学校に行ってほしいと思っていますね。

──ということは、 “日本人”になってほしいですか?

もちろんです。アメリカ人の夫も日本の心みたいなことが好きで、20年以上日本にいる人なので。今、息子は2歳で、見た目はほとんど白人です。逆に社会がどう見るかはちょっと不安はありますけれど、“日本人”として育ってほしいです。一つの人生だけでなくてもいいですけどね。

© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

──ご自身が私は日本人だなって、一番実感する部分はどこでしょう? それは海外で仕事をする上でプラスに作用していますか?

遅刻をしない、約束を守るという部分です。これはよく言っていますけれど、アメリカで社会人になったときに、時間に遅れないとか約束を守るとか、自分としては普通のことが、すごくがんばっている、周りへの配慮が行き届いていると言われてほめられるんです。

海外で活躍できている理由は、日本で育ったこと、日本で学校に行ったことだ、くらいに思っています。私の場合、仕事に必要な自己主張の部分は中学校以降の教育でも間に合ったという感じ。ドキュメンタリー制作はチームワークなので、周りの人のことを思いやり、周りと力を合わせることで、自分ひとりより何倍もいいものができる。

そういうことは信じて疑わないので、自分の中に残っている日本的なところというのは、かなりプラスになっていますね。そうでないとドキュメンタリーは撮れないと思っています。

──映画はいろいろな国で公開され、とくに教育大国のフィンランドでのロングランは話題になりましたね。実際に「特活(特別活動)」として学校行事や委員制度を取り入れた国もあります。そういった小学校の教育制度に対して、「アメリカでは絶対無理」など、ちょっと批判的なものもあったみたいですけれど。

アメリカで日本的な小学校の教育は無理なので、批判的コメントとは思っていなくて、「それはそうでしょう」と納得する部分があります。たとえば、それまで個人主義でやってきたアメリカからの帰国子女が、いきなり日本の小学校とか中学校に入ったらもう多分100%、つらい。今のアメリカの現状からしても現実的ではありません。

日本の教育のやり方は、周りの人のことを自分のことのように思えるシステム。それがやがて連帯責任とか同調圧力につながる場合があるのも否めません。ですが、入り口としては、思いやるとか助け合うとか、ほっとけないという感情は、他人のことを自分のことのように思うことから生まれると思うんです。

私は、世界中で日本式教育制度を取り入れてほしいわけでもないです。ただ、やっぱり何かヒントはあるはずなんです。エジプトが国を挙げて掃除や日直、学級会という制度を取り入れたように、自分たちにフィットする一部分を取り入れることはできると思います。

パンデミックが終わって、「自分だけが大丈夫でも生きていけなかった」というのを、世界中の人が感じたと思うんですよね。日本はもともとそれがわかっていたから、コロナ前からマスクをする習慣があった。

フィンランドでも、自由はいいことだけど、自分勝手が増えていってそれでいいのかと。気候変動のこともそう。協力できる人たちを増やしていかないと、いざというときに何もできないことに気づいた人たちが増えているタイミングだからこそ、この映画がここまで注目されているのだと感じます。

© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

──ドキュメンタリーという手法自体が、そこに何か気づきを持ってほしいというメッセージだったりしますものね。

日本もこのままでいいというのではなく、課題の解決のために変える必要もあるわけです。そのときに、当たり前すぎて、ちゃんと気づけていないがために、そもそもよかったところをなくしてしまうと、もったいない。だから、その「気づきの提供」をしたいと思っているんです。具体的な指摘ではなく、作品を通して気づいてほしい、関心を持ってほしいんです。そうでないと変えなくていいところまで変わってしまう。

──いいところにも気づこうよっていうことですね?

そうですね。自己批判が好きな国ですから課題を見つけるのは得意……。私はそれがいやで海外へ出た一人。外からいろんなことを比べて“いいとこ取り”が見えるようになったからこそ、そういう気づきを提供したいと。その後の議論の答えまではわからないけれども。

──ちなみに小学生の自分に、いま声をかけるとしたら何かメッセージしたいことは?

小学校って、私は1・2年生ぐらいとその残りがパッカリ分かれていて、最初は本当にいじめられたりもしたし、唯一、髪の毛が黒くなくて、英語がしゃべれることが自分のウィークポイントと思っていたぐらい、本当にみんなと違う。でもその後、自分の生き方、居場所、役割を見つけてからは楽しい思い出がたくさんあるんです。

人生で何回か、怖いけれどもやる、不安だけれども挑戦してみる、みたいな時期があって、小学校の行事はその連続だったように思いますね。大人になるにつれてそういったことが減ってきたり、不安だとやめちゃうこともあります。

でも、今現在の自分は結構、未知の世界に足を踏み入れている。ちょっと緊張するけれどやってみる、みたいなところって、小学生のときの気持ちと似ている気がします。

小学校低学年のときにイチローさんの本を読んで、好きなことを見つけて、努力を重ねて一流になる生き方に憧れました。中学生のときに映像制作の道を見つけたので、間違っていなかったって感じですかね。だから、そのまま突っ走れば、いいんだよ、って言いたいですね。

──パッカリ分かれたというのは何かきっかけがあったのですか?

これということはないのですが、自分の人生を振り返ると毎回環境が変わるたびに慣れるまでに1年はかかる。その1年はとても苦しいけれど、その中でうまく生きていくためのやり方を身につけていくのは、私のようなハーフという、さまざまな文化的背景を経験している人たちの一つの強さだと思うんです。キャッチするには少し助走が必要で、キャッチできたらずっといけるみたいな感覚。

そもそも親同士が、おじいちゃんおばあちゃん含めて違う文化の人たちですからね、カメレオン機能が備わってしまうみたいな。いろいろなシステムとかいろいろな文化に触れたおかげで、ちょっと時間がかかってもそのうちうまく適応してうまく機能するみたいな感覚ですけれど、いまはそれが強みになっている気がします。

© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour

──では最後に今後の構想と、マリ・クレールデジタル読者へのメッセージをお願いします。

前作では高校野球を撮って、今回は小学校。何を伝えたいかというと、やはり日本の社会の今と未来を考えたいわけです。社会の縮図として、これからのヒントを探す場所として二つの作品を撮ったのですが、次は大人たちを撮りたいと思っています。何か大きな組織、大きな企業なのか……。

今、20歳ぐらいの日本人と60歳を超えた日本人の間でいちばんギャップがあるように思えます。海外と日本の地理的な距離よりもギャップがあるんじゃないかと。その大人たちが何を悩んでいて、何に挑戦したいか、そこから見えてくる日本の今後みたいなところを考えていけたらと思索しています。ただ、ハードルが高いので、まだまだリサーチ中っていう感じですね。

今回、読者の方の中にも、私の短編作品がアカデミー賞にノミネートされたことがきっかけで、初めて劇場に長編ドキュメンタリーを観に行ってくださったという方もいらっしゃると思います。そういった声をたくさんいただいていて、手法とか伝え方とかを含めてドキュメンタリーは面白いって思っていただけるものをやっていきたいです。

今これだけ世界中から日本が注目されていても、お寿司だけを撮って帰る海外メディアも多いのが実情。そうではない、“本当の日本人を世界に届ける”役割は担っていきたいと思います。今回ナレーションがないというのもひとつの手法でしたが、ドキュメンタリーの概念が広がれば視聴者もアップデートされてどんどん面白く鑑賞できるようになっていくと思うので、そこはずっと変えないで取り組んでいきたいところです。

text: Naoko Furuya

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作品情報
短編『Instruments of a Beating Heart』
©Cineric Creative/ NYT Op-Docs 監督/山崎エマ


長編『小学校~それは小さな社会~』
© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
監督・編集:山崎エマ
2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch
プロデューサー:エリック・ニアリ
製作・制作:シネリック・クリエイティブ
国際共同製作:NHK
共同制作:Pystymetsä Point du Jour YLE France Télévisions
協⼒:世⽥⾕区、世⽥⾕区教育委員会
製作協⼒:鈍⽜倶楽部
公式サイト:https://shogakko-film.com/
X:@shogakko_film 推奨タグ:#小学校それは小さな社会
Instagram:@shogakko.film


Profile

山崎エマ/Ema Ryan Yamazaki

イギリス人の父と、日本人の母をもつドキュメンタリー映画監督。ニューヨークでキャリアをスタートさせ、現在は東京を拠点とする。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を生かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。3本目の長編監督作品『小学校〜それは小さな社会〜』が2023年東京国際映画祭でワールドプレミアし、現在様々な国での映画祭で上映され、配給中。

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