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蜷川実花が捉える、虚構と現実の境界線

earthly flowers, heavenly colors (2017) ©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

2018年に熊本県でスタートした写真展『蜷川実花展―虚構と現実の間に―』が 東京・上野の森美術館で開催される。東京展に向けて準備する蜷川に思いを聞いた。

2018年にスタートした『蜷川実花展―虚構と現実の間に―』には、色鮮やかな「桜」「永遠の花」、著名人を写した「Portraits of the Time」、父・蜷川幸雄の死に向き合う日々を記録した「うつくしい日々」など、代表的な作品が集まる。この展覧会に取り組む3年の間に、世の中も蜷川自身も変化した。東京展はアップデートされたものになるという。

蜷川実花/写真家、映画監督。東京都生まれ。木村伊兵衛写真賞ほか、受賞歴多数。映画『さくらん』『ヘルタースケルター』『Diner ダイナー』『人間失格 太宰治と3人の女たち』、Netflix配信ドラマ『FOLLOWERS』など、映像作品も多く手掛ける。

「コロナ禍で、世界が音を立てて変わりました。楽しさを追い求め、欲望に忠実になることを美徳とする世界がいったん止まった。自分自身はこの3年間、映像作品を多く手掛けてきて、いま東京展に向けて、改めてこれまでの写真に向き合っています。再構築するうちに、自分のメインテーマが『もののあはれ』だったんだな、ということにたどり着きました」

ここ数年、使い切りカメラ「写ルンです」で身の回りの物事を撮影してきた。本展では、その中から東京を捉えた新作も発表する。蜷川はこれらの写真に、時代の空気が変化するさまが写り込んでいることに気づいた。写真を見つめ、自分は光り輝く一瞬を封じ込めたいのだと思った。

「例えば、今日買ってきた切り花が明日には枯れたり、桜が刻一刻と移り変わっていったり。タレントさんにも、泣けるほど美しい瞬間がある。諸行無常だけれど、永遠に続いたらいいなと願う気持ちも美しいと思います」

earthly flowers, heavenly colors (2017)
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「虚構と現実の間に」という展覧会のタイトルは、自身と作品全体を包括している。

「幼い頃から父親の舞台を見ていて、虚構の世界がすぐ隣にあった。虚構と現実の境目があまりなかった気がするんです。私は、その境界がないことに関する表現をしているのかなと思います。リアルであることの意味って何だろう、とか」

例えば、被写体として、山に自生する花よりも花壇に植えられた花に惹かれる。

Untitled
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「人工的なものには、人の思いが詰まっている。造花は『花が枯れなかったらいいのに』という欲望から生まれたものですし、ソメイヨシノもクローンです。そういった人々の思いも一緒に写しているのだと思います。ただ、理屈を超えて、とにかく花を撮らずにいられない。花を撮りたいという原始的な感情が、あらかじめインプットされているんじゃないかと思うくらいです」

うつくしい日々(2017)
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

著名人のポートレートも、しばしば花や豊かな色彩で作りあげた世界観で撮影している。本展では、女性やパラスポーツの選手たちのポートレートを紹介する予定だ。

「色鮮やかなイメージは、諸刃の剣です。色の奥に写っているものが伝わりづらいこともある。一度派手なものを作ると、そのイメージが強くなるので、難しさも感じます。でも、いわゆる『蜷川ワールド』的なものは、あえて作り上げたものではなく、もともと自分の中にあった好きな世界観。それを封印してしまうのもよくないと思っています。写真も私自身も、この強烈なイメージを受け入れて生きなければならない」

著名人の多彩なポートレートとは趣の異なる、過去に写したモノクロ中心のセルフポートレートも展示する。孤独を感じさせる写真は30代の頃に撮ったものだ。

Self-image (2013)
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「『ヘルタースケルター』という映画を撮っていた頃の写真です。映画の現場でたくさんのスタッフに囲まれている日々の中、自分1人、カメラ1台で何ができるか、原点に戻りたくなった」

40代の今、自身を撮影すると、表情が変化していた。

「30代はあらゆることに怒っていた。いま、だいぶ優しい感じになっていますね。『ヘルタースケルター』を作っていたのは、1人目の子どもを産んでしばらく経った頃。子どもが生まれたことで、自分の尖った部分がなくなるんじゃないかと怖かった。『母親になって顔が優しくなったね』と言われるのも嫌で、抗っていました。でも、子どもが4、5歳になると、また自分が個に戻っていくことがわかったんです。それで、2人目ができてからは抗わなくなった。愛にあふれて、柔らかくなりましたね」

Untitled
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

父の死も影響が大きかったと振り返る。

「誰しも最後は1人だということを、受け入れたと思う。終わりが来るのは悲しいことではなく、人の心に残ってつながっていくんだと、しっかり向き合って体感した。終わりがあるからこそいまを大切に生きよう、という思いが強くなって、すべてが喜びに変わったんです」

父の死から5年、「いよいよしっかり父離れをしないと」とも思っている。

Untitled
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「おそらく、何らか超えなければならないことが自分の中にくすぶっている。そろそろどうにか始末していかなきゃ、と思っています。父がどんなふうに舞台に向き合っているか、人様に見ていただくことの大変さや責任を、小さい頃から間近で見てきた。それは引き続き大きな財産です。一方で、父の考えが自分に染み込んでいる。『父だったらこう言うだろう』と思う前に、自分の言葉として出てくるんです。囚われているところもなくはないので、解放されてもいいのかなと思ったりしています」

noir (2010)
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

自身の表現について、「この1、2年でもう一段、階段を上がりたい」と目標を掲げる。

「見てくださっている方にも、プラスになるようなことができたらいいな、と。少しでも背中を押せるようなこと。おそらく自分が10代の頃に想像していた以上に、多くの方に作品を見ていただけたし、よくできたと思うこともある。でも、満足したり、達成感を得たりしたことがない。しんどさもあるけれど、ずっと一生現役で走っていることが、自分にとって幸せなんだと思います」

Light of (2015)
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

展覧会情報
「蜷川実花展―虚構と現実の間に―」
会期: 9月16日 (木) 〜 11月14日 (日)
会場: 上野の森美術館

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