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史上最高のスピーチ! 心を揺さぶる12人の女性たち

4.  マララ・ユスフザイ「I am here to stand up for their rights, to raise their voice.(私は彼女たちの権利のために立ち上がり、彼女たちの声を上げるためにここにいる)」(2014年)

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「私は教育を奪われている6600万人の少女たちです。そして今日、私は自分の声を上げているのではなく、6600万人の少女たちの声を上げています。人々はときどき私にこう尋ねます。なぜ女の子が学校に行かなければならないのか、なぜ学校に行くことが女の子にとって重要なのかと。しかし、もっと重要な質問は、なぜ彼女たちが学校に行くべきではないのか、なぜ学校に行く権利がないのか、だと私は思います」

マララ・ユフザイはすべての子どもが教育を受けられるよう闘った功績が認められ、17歳でノーベル平和賞を受賞した。同賞の最年少受賞者として、この活動家の力強い受賞スピーチは忘れられるものではない。

「空っぽの教室、失われた子ども時代、無駄にされた可能性を見るのは最後にしようと決めた最初の世代になりましょう。少女や少年が工場で子ども時代を過ごすのは最後にしましょう。少女が幼いうちに強制的に結婚を強いられるのを最後にしましょう」

「私たちで終わらせましょう。“終わり”を始めましょう。一緒に、今日、今ここで。今、“終わり”を始めましょう」

5. ソジャーナ・トゥルース「Ain’t I A Woman(私は女ではないのか)」(1851年)

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「私は男たちと同じだけの筋肉があり、男たちと同じだけの仕事ができる。私は耕し、作物を収穫し、もみ殻をむき、そしてたたき切り、刈り取ってきた。それ以上のことができる男がいるだろうか?」

イザベラ・ボームフリーと名付けられた彼女が、自分を「真実」と呼んだことは、ソジャーナについて多くを物語っている。彼女は「真実」を語った。アフリカ系アメリカ人の奴隷廃止論者であり、女性の権利の活動家であったトゥルースは、ニューヨークで奴隷として生まれ、1806年、オークションで羊の群れと一緒に100ドルで売られ、1826年、赤ちゃんだった娘を連れて逃亡した。

オプラ・ウィンフリーは感情を揺さぶるようなトゥルースのスピーチを幾度となく朗読している。

編集部注※ソジャーナ・トゥルース(1797?-1883)1827年、ニューヨーク州が奴隷制度を廃止するまで奴隷として働いた。身長は約180cm。奴隷制度廃止論者で、女性の権利の提唱者。1851年オハイオ州で行われた「女性の権利会議」での「私は女ではないのか」の演説は特に有名。

6. ノーラ・エフロン「Commencement Address To Wellesley Class Of 1996(ウェルズリー大学1996年卒業生への式辞)」(1996年)

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「どのような道を選ぼうとも、どのような道を旅しようとも、淑女になる道を選ばないことを願います。ルールを破り、ちょっとした問題を起こす方法を見つけてほしいです。そして、女性たちのために、何か問題提起になるような方法を選んでほしいとも思います」

またノーラはスピーチに、注意を促す言葉を付け加えた。「わかってください。ヒラリー・クリントンが自分の立場をわきまえていないという攻撃は、すべてあなたに対する攻撃なのです」と彼女は呼びかけた。彼女の言葉は今日でも響いており、ある一文は永遠に真実である。「何よりも、被害者ではなく、自分の人生のヒロインになることです」

編集部注※ノーラ・エフロン(1941-2012)マサチューセッツ州ウェルズリー大学で学び、記者を経て、脚本家に転身。ロマンティック・コメディの名手として知られた。代表作にメグ・ライアン主演の『恋人たちの予感』(1989年)、『めぐり逢えたら』(1993年)、『ユー・ガット・メール』(1998年)がある。

7. アウン・サン・スー・チー「Freedom From Fear(恐怖からの解放)」(1990年)

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「恐れを知らないことは才能かもしれないが、おそらくもっと貴重なのは、努力によって得られる勇気です。恐怖に自分の行動を左右されることを拒否する、そういう習慣を培うことから生まれる勇気、プレッシャーの下での優美さとも表現できる勇気は、過酷で絶え間ないプレッシャーに直面しても、何度でも更新される美点です」

ビルマの「運命の女性」は、過去21年間のうち15年間も軟禁され、政治活動と捕虜としての人生の中で、何百万人もの人々を鼓舞してきた。1990年には思想の自由を称えるサハロフ賞を受賞。今となっては有名なこの受賞スピーチは、人間の精神性、すなわち勇気、思いやり、信念に訴えたものである。(2020年EUはサハロフ賞コミュニティー(受賞者)からアウン・サン・スー・チー氏を除外したことを発表した※編集部注)

8. グロリア・スタイネム「Address to the Women of America(アメリカの女性たちへ)」(1971年)

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「これは単純な改革ではありません。まさに革命です。性別と人種は、目に見える簡単な違いであるがゆえに、人間に優劣をつけ、グループとして組織化しやすいのです。そして、これは安価な労働力を得るために必要な方法で、このシステムにいまなお依存しています。私たちが話しているのは、自分で選んだ役割と自分で獲得した役割以外の役割(性別や人種などによる役割※編集部注)が存在しない社会のことです。まさにヒューマニズムについて話しているのです」

1971年、グロリア・スタイネムは、アメリカの女性たちを鼓舞する演説を行った。それはやがて、第2波フェミニズム時代の最も記憶に残るスピーチのひとつとみなされるようになる。彼女の演説がこれほど力強かったのは、性差別に対する攻撃だけでなく、人種差別と階級というインターセクショナリティの問題に焦点を当てていたからだ。

編集部注※グロリア・スタイネム 1934年生まれ アメリカの女性解放運動を牽引(けんいん)したフェミニズム運動の活動家、作家。雑誌『Ms.』 を共同創刊し、“ミズ”の呼称を定着させたことで知られる。2020年、その生涯が映画『グロリアス 世界を動かした女たち』で描かれた。

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