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林遣都さん主演の映画『犬部!』 脚本・山田あかねさんの深いワンコ愛

ⓒ2021『犬部!』製作委員会

「犬について気になったことはなんでもします」。保護犬、保護猫問題を取材してきたディレクターで、獣医師・太田快作さんをモデルにした映画『犬部!』(7月22日から公開)で脚本を担当した山田あかねさんの熱い思いとは。

監督、ディレクターとして、映画『犬に名前をつける日』(2015年)や放送文化基金賞で優秀賞を受賞したドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション 犬と猫の向こう側』(2018年、フジテレビ)など、保護犬、保護猫に関する映像作品を撮り続けている山田あかねさん。7月22日から公開される映画『犬部!』(篠原哲雄監督)では脚本を担当している。片野ゆかさんのノンフィクション『北里大学獣医学部 犬部!』が原案だが、獣医師太田快作さんをモデルにしているほかは、ほぼ創作だ。

青森県十和田市の獣医大学に通う颯太(林遣都、左)は、親友の柴崎(中川大志)らと「犬部」を創設した ⓒ2021『犬部!』製作委員会

実在したサークル「犬部」を元にした青春映画

2003年の青森県十和田市。獣医大学に通う花井颯太(林遣都)は、子供のころから犬の保護活動に熱心に取り組んでいる“犬バカ”。「オレは1匹も殺したくない」と動物保護活動のサークル「犬部」を作った。そして16年後、東京都内で動物病院を開いている颯太は、十和田市のペットショップで多頭飼育崩壊が起きているという知らせを受け、すぐにそのペットショップに飛んで行くが・・・。

よしみ(大原櫻子)は、犬部のネコ担当になった ⓒ2021『犬部!』製作委員会

保護活動への関心が今ほどではなかった約20年前に大学生たちが動物保護に正面から向き合う姿を描くとともに、世話をしきれないほどペットが増えてしまう現在の多頭飼育崩壊問題にも目を向け、本当の動物愛護とは何かを問いかける。かといって堅苦しくはなく、個性的な大学生たちの青春群像劇としても楽しめる。

「初めに脚本を依頼されたのは2018年の夏でした。原案となったノンフィクションは読んでいましたが、これはドラマにするのは難しいと思い、一度は断ったんです」と山田さんは語り始めた。断ったのはなぜか。今でこそ全国各地に動物保護団体があり、熱心な保護活動に取り組む人がたくさんいるが、約20年前は関心が低かった。そうした中で学生が保護活動することは非常に大変なことだった。動物愛護法も改正されている。状況が全く違っているので、20年前の話として描いても誤解される恐れがあったためだ。

「面白おかしい動物青春ものとして描くことにも抵抗がありました。当てようとすればそうした要素を入れた方が良いのは分かっていますが、それでは本当の動物愛護を描くことはできません」

犬部で動物保護活動に取り組んでから16年後、颯太は東京で動物病院を開業していた ⓒ2021『犬部!』製作委員会

主人公のモデルは、獣医師の太田快作さん

それでもプロデューサーから再度頼まれ、2018年秋から脚本に取りかかった。初めに、モデルとなった獣医師の太田快作さんに会った。「会ってみると、ものすごい変人でした。頭の中は動物のことばかり。この人のドキュメンタリーを撮ったら面白い、とさっそく取材を始めました。どのような形で発表するかは決まっていませんでしたが、とりあえず撮り始めようと」

映画では、太田さんを主人公にすると決め、周りに配置する人物を考えていった。「颯太の親友の柴崎(中川大志)は柴犬から。柴犬のようにまじめで忠実で、でもその分、生きるのが下手なところもある。『動』の颯太に対して『静』。対照的で一見違うように見えるけれど、動物を大切に思う心は同じです。犬部の仲間で父親が獣医師の秋田(浅香航大)は秋田犬から。人なつこい所もおおらかな所もあって、何不自由なく育った人、という感じです。動物愛護に熱心でない動物病院を出したかったので、その息子という設定にしました」

登場人物が決まると、自然に物語は動き出し始めた。山田さんが保護犬、保護猫を取材してきた中で知った話などを盛り込んだ。動物愛護センターで働く柴崎が精神のバランスを崩してしまうのは、犬の処分に悩むあまり自殺してしまった台湾の獣医師の話をヒントにした。多頭飼育崩壊のペットショップを助けようとした颯太が、逆にペットショップの経営者(螢雪次朗)から通報されて逮捕されるのも、山田さんが取材中に体験したことを基にしている。「多頭飼育崩壊を起こしている人は、誰に頼ることもできず、孤独で気持ちが変わりやすいんです。『保護してほしい』と言っていたのに、話しているうちに気が変わり、逮捕されこそしませんでしたが、実際に警察を呼ばれました。でもその人が駄目な人というわけではありません。犬や猫に頼っているだけ。多頭飼育崩壊が起こるのは、社会のシステムに問題があるからです」

「犬について気になったことは何でも取材します」と語る山田あかねさん ⓒsmall hope bay pro

愛犬の死を機に保護問題を考え始める

山田さんが犬や猫の保護活動に関心を持ち始めたきっかけは、2010年、愛犬の死だった。「血液のがんで末期でした。どんなことをしても助けようと、最高の手術ができる病院を探して何度も転院しましたが、1か月でボロボロになって死んでしまいました。自分も死んでしまいたいくらい落ち込みました。でも死んだ犬は生き返りません。救うことを考えようと思いました」

国立大学の獣医学部に愛犬の解剖所見を書いてもらい、動物愛護の先進国と言われるイギリスに向かった。「犬を知る旅をしよう」と、ロンドンの動物病院や保護施設、スコットランドのゴールデンレトリバーのふるさとなどを訪ねた。ロンドンの病院では英訳した解剖所見を見せて意見を聞いた。「最新の治療をしている。間違っているとすれば、飼い主の心を見ていない事。私なら犬だけでなく、あなたの心のケアを考えた。獣医師は動物と飼い主の両方を見るのが仕事」と言われ、考えが変わったという。

一時は、映画やテレビ番組の仕事を辞めて、犬の保護活動をしようと思ったが、映画監督の渋谷昶子さんから「本当に助けたいなら、映像を撮ってたくさんの人に見てもらいなさい」と言われ、自分でカメラをかついで保護センターなどを取材し始めた。

初めは、発表する場も想定せず、関心を持ったものを自腹で撮り続けた。そうした活動の成果がやがて、ドキュメンタリー番組『むっちゃんの幸せ~福島の被災犬がたどった数奇な運命~』(2014年、NHK)、映画『犬に名前をつける日』(2015年)、放送文化基金賞で優秀賞を受賞したドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション 犬と猫の向こう側』(2018年、フジテレビ)などに結びついていった。

いずれも動物愛護センターから譲り受けたハル(右)とナツ、2匹の犬と暮らしている山田あかねさん ⓒsmall hope bay pro

今は「ハル」と「ナツ」、2匹の犬と暮らしている。いずれも動物愛護センターから引き取った犬だ。「ハルは2012年、千葉の愛護センターを取材したときに出会いました。殺処分される犬たちに涙が止まりませんでした。すると、動物保護団体の人から『泣いても1匹も助からない。犬を洗ってください』と言われたんです。このままでは取材が続けられなくなると思って、翌日には殺処分される最終部屋の手前の部屋にいた弱っていた犬を洗いました。そうしたら犬も『ありがとう』と言ってくれたように感じました。それでこの子ください、と引き取ったのがハルでした」。ナツは、広島県で多頭飼育崩壊になったペットショップの子犬だった。

『ギミア・ぶれいく』(TBS)などの娯楽番組や『やっぱり猫が好き』(フジテレビ)などのドラマ、小説『すべては海になる』、その映画化作品なども手がけてきた。今では動物愛護が仕事と生活の軸になっている。「犬について気になったことは何でも取材する」という境地だ。

山田あかね 東京生まれ。早稲田大学卒業後、テレビ番組制作会社を経てフリーのディレクターに。2009年、スモールホープベイプロダクション設立。映画『犬部!』をきっかけに、モデルとなった獣医師・太田快作さんを取材した『ザ・ノンフィクション 花子と先生の18年~人生を変えた犬~』(2020年、フジテレビ)を発表した。『犬部!』小説版も手がけている。最新刊は、太田さんの動物愛護にかける人生をたどる『犬は愛情を食べて生きている』。

関連情報
  • 映画『犬部!』 7月22日(木・祝)全国ロードショー  配給:KADOKAWA


    映画『犬部!』公式サイト:inubu-movie.jp

Profile

福永聖二

編集委員、調査研究本部主任研究員などとして読売新聞で20年以上映画担当記者を務め、古今東西8000本以上の映画を見てきた。ジョージ・ルーカス監督、スティーブン・スピルバーグ監督、山田洋次監督、トム・クルーズ、メリル・ストリープ、吉永小百合ら国内外の映画監督、俳優とのインタビュー多数。

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