生成AIが瞬時に最適解をくれる時代。だからこそ、人の心身がもたらすバグや揺らぎがたまらなく愛おしい。デジタルでは弾き出せない、未完成ゆえの「色気」という美の本質(レサンシエル)をひも解いていく連載。
透明感のあるおばあちゃん。これがいまの私が目指す美容の到達点である。
至高の領域かもしれない。もともとガラスや水晶のような透明なものが好きだ。とはいえダイヤモンドまで行くと、ちょっと違う。そこまでギラギラと加工されていない、どこか自然のままの透明度を保つもの。
年をとるとどうしても水気を失ってしまう。外側も、内側も、だ。だからまずは一にも二にも継続的な水分補給。つまり、保湿こそが絶対的に必要なメンテナンス方法となる。
スキンケアの話で言えば、今秋の新製品の中で圧巻だったのはエストのクリーム。花王の皮脂RNA研究の成果を活かしたエイジングケア成分もさることながら、注目したいのはあの極細繊維「ファインファイバー」の究極の進化だ。あの、と付けたのは2018年の導入以来、個人的にずっと追い続けていた素晴らしい保湿の技術だから。当時は専用デバイスを使って肌に吹き付けて塗膜をつくる方法だったが、それが研鑽(けんさん)を重ね、ついに製品の中にファイバーを入れ込むことに成功。まさに“塗る繊維”として肌の水分蒸散を抑制、保湿はもちろん、バリア機能の健全化にもアプローチするスーパークリームのでき上がりとなった。
旭化成との技術融合で開発された「解砕型マイクロファイバー*」をイン。肌の上にまるでもう一枚の皮膚のような極薄膜を形成し、エスト独自の美容成分を抱え込むと同時に潤いをキープする。夜使えば翌朝の肌は見違えるほどふっくら、朝使えばメイクのりが格段にアップ。エスト ジェノリュクス クリーム 50g ¥14,300
*皮膜形成剤:レーヨン
でも、それだけでは足りない。
先日、取材でお会いした方は古希を超えていらしたが、なんて綺麗(きれい)なのだろうとインタビュー中も思わず何度も見惚(ほ)れてしまった。特に色白というわけではなく、年齢なりのシミもシワも拝見できるのだが、なんと言うか、存在が透明なのだ。透明なのだが希薄ではなく、実体はちゃんとある。むしろ堂々と、ありすぎるほどに。かといって、相対する人を支配しようとするような「押し付けがましさ」は一切感じられないという不思議。
そうだ。年をとるほどに、外面的な繕いが難しくなるぶん、その人の内面がそのまま現れる。それこそ「透けて」見えてしまう。それは、長い年月を生きてきた人に溜(た)まりがちな澱(おり)のようなもの──ある種の権威、世俗的な欲、もしくはその反対にある年齢を理由にした諦め──だったりするのだろうけれど、終始穏やかな口調で話すその方には、それらがほとんどなかったのだ。
若いときの透明感が水に近いものだとしたら、年齢を重ねた人のそれはガラスや水晶に近いのかもしれない。「肌(外側)が綺麗だから」の前者に対して、後者は内側に遮るものを感じさせず、その人の向こう側まで見通せるから透明。つまり魂が濁っていないのだ。
シミもシワも、老いによる身体の変化も、美容の文脈でいくと全てノイズではある。だから私たちは躍起となって、美容医療などあらゆる手を尽くしてそれらを消そうとする。でも本当の意味での一生ものの透明感は、そういうことではない。たとえ少し曇りや内包物があったとしても、水晶の透明性そのものは失われないし、むしろそのほうが、光が入ったときに複雑で美しかったりもする。
ではそんな魂の透明度を手に入れるにはどうしたらよいのだろう?
それは他者のものさしでつくられた、美をはじめとするありとあらゆる基準に、安易に迎合しないことだと思う。たとえば美においては世間が押し付ける「若さ」という単一の価値観から離れ、何が自分にとって本質的な美しさなのかを自ら選び取る力。その揺るぎない美意識と信念こそが濁りを防ぐフィルターとなり、自らの純度を高めることにつながっていくのではないだろうか。
年はとる。でも濁らない。
昨今流行りのロンジェビティのあり方として、私の理想とするところである。
生き方や知性を最も強く表出する「まなざし」に、さらなる光を集めるレフ板的アイシャドウ。お勧めはパレット左上の透明ベース×ラメを、下まぶたのキワに目頭からすっとひと掃き。圧倒的なシアー感とほどよいラメの配合により、重ねるほどに瞳の美しさが強調される。しっとりと密着感があるので、粉飛びもしにくい。
YSL クチュール ミニ クラッチ #410 フォービドゥン ウィスパー ¥10,890
photos & text: Aya Aso
エスト
tel: 0120-165-691
web: www.sofina.co.jp/est
イヴ・サンローラン・ボーテ
tel: 0120-526-333
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麻生 綾 AYA ASO