【麻生 綾 美のレサンシエル】vol.2「ルール ブルー」──名香は理屈の外からやってくる

Beauty

2026.08.30

【麻生 綾 美のレサンシエル】vol.2「ルール ブルー」──名香は理屈の外からやってくる

新作フレグランス「ルール ブルー」のプロモーションを兼ねて来日中のゲラン専属調香師、デルフィーヌ・ジェルクさんのインタビューをする機会を得た。ファッションデザインの世界からフレグランスの創り手へ異色の転身を遂げた彼女は、香りの創り方もまずはヴィジュアルから入るなど、実にユニークである。

Index

創香は数学にあらず

「ルール ブルー」はオマージュ。1912年に始まった物語の続き

女性による女性のための香り

今月のBeauty Tips


創香は数学にあらず

ゲラン専属調香師&フレグランス クリエイション ディレクターのデルフィーヌ・ジェルクさん。フランス・パリのESMODでデザインとファッションを学び、その後グラースの調香学校へ。2007年、Drom Fragrances在籍中に協業で「ラ プティット ローブ ノワール」を創作。2014年よりゲラン専属に。「ゲランで働くことを選んだのは私の直感。双方にとって運命であり、必然であったと思っています」

想像以上に理論より感覚を信じる人だった。そこで創香の最終段階において、あえて理屈や計算式を超えた、自分を主張する署名のようなノイズを残すのか尋ねてみた。

「いい質問。香りを創るというのは数学ではないんですよね。数で表現、表示はしますが、どちらかというと香料と香料の間の絶妙なバランスを見つける。そういった作業です」

──それはデルフィーヌさんでないと完成させられないものですか?
「私は美しいものに魅せられがちなので、処方も美しくしたいんです。できれば数字の見た目すらも綺麗であってほしい。どうしてもの場合は半端な数字でも採用しますけれども(笑)」

──AIであればきっと選ばない処方ですね。
「AIはツールです。たとえばフレグランスは拡散性…いわゆる残り香も大事な構成要素なのですが、バランスの取れたいいものができたと思っても、それが必ずしも拡散性にも優れているとは限りません。本当にいい香りはその人のオーラになる。『私』がその場所にいるときより、立ち去ったときのほうがより他人に『私』を感じてもらえるというか。これは技術というより感情面への作用の話なので、AIには判断が難しいかもしれませんね。AIがさまざまな局面で活用されるほど、逆に今度は人間らしさが求められるようになると感じていますが、香りの分野はまさにそれ。とてもプリミティブなものという意味で、人間らしいなと思っています」

AIは既知の情報を整理することには長けている。しかし、その先にある人間の「なぜ」については、まだまだ数値化ができない。

「ルール ブルー」はオマージュ。1912年に始まった物語の続き

発表会の会場に飾られていたムードボード。デルフィーヌさんが「ルール ブルー」で表現したい「ブルー」を集めてコラージュしたもの

そんな彼女だけが見ている「ブルー」を、チーム全体で共有するために使われたのがムードボードだ。ビューティの分野で見かけるのは珍しいが、イメージや質感、言葉で構成されたコラージュは、あの名香「ルール ブルー 1912」をオマージュした今作の世界観を見事に構築している。

──デルフィーヌさんの「ルール ブルー」は、ゲラン3代目調香師ジャック・ゲランが1912年に発表した「ルール ブルー 1912」の再解釈なのでしょうか?
「再解釈という言葉には少し違和感があります。オリジナル版に手を入れるのは、大好きなだけにその魔法に触れてしまう気がして嫌でした。そうではなく、これはオマージュ、ストーリーの続きを語るものでありたかったのです」

──オマージュの意味をもう少し詳しく教えてください。
「『ルール ブルー 1912』は、ジャックがL’Heure Bleue(蒼の時)──夕方から夜へ、夜から朝へと移り変わる一瞬の、全てが深いブルーに染まり世界が曖昧になる、束の間の自然現象──に感銘を受けて創った香りです。対して『ルール ブルー』には、同じ情景を見たときの私自身の感情を閉じ込めています。ブルーは空の色であり、静けさと信頼の色。心を落ち着かせ、夢のための空間を広げてくれます。それは普遍的でジェンダーを超えた色であり、繊細で自由。そこで私はこの香り本来の核を成すアイリスやヴァニラなどの要素を尊重しつつ、ジャックの作品にはなかった香料、とりわけ新鮮な空気や空の香りを想起させるオゾニック アコードを追加しました」

アール・ヌーヴォー様式に則った“逆さ”ハート形のボトルは、「ルール ブルー 1912」が元祖。今作はこのゲランを象徴する意匠を引き継ぎつつ、夕闇と夜の狭間にある空をこの上もなく美しいブルーのグラデーションでよりモダンに表現

女性による女性のための香り

──確かに新作はアイリスのパウダリーさを踏襲しながらも、とても軽やかな印象です。

「使用しているのは素材をアルコールに浸してその豊かな香りを余すところなく抽出する伝統製法、マセラシオンでチンクチャーにした特別なアイリスでありヴァニラです。従来の包み込むような温かさはそのままに、格段に鮮やかでフレッシュな仕上がりにしました」

完成までに3年を要した、「ルール ブルー」の香りの中核を成すアイリス チンクチャー。アイリスの聖地・イタリアで見出した理想の根茎から抽出し、約200年にわたりゲランの伝統技術を受け継ぐオルファン工場の製造チームとともに創り上げた。「濃厚でありながら軽やか。一見矛盾するようですが、優れたフレグランスはその両方を備えているものなのです」

──つけると気持ちが切り替わり、不思議と背筋が伸びる感じがします。
「男性の視点だとどうしても官能の要素というか、女性像の幻想が入りやすいので、私は女性として女性のためにこの香りを創りました。FEEL GOOD、いい気分になれる香り。『ルール ブルー』は気持ちを穏やかにし、何かに守られているような安心感も得られる香りで、リフレッシュの効果もあります。フレグランスは官能性だけで語られるものではないのです」

フレグランスに新鮮な視座をもたらす女性調香師ならではの言葉に、あらためて目が開いた気がした。他者を魅了し誘惑するための官能的な存在から、自分自身をエンパワーメントし、心地よく守るための存在へ。名香の魂を受け継ぎながらも、同時に現代における香りの役割のパラダイムシフトを高らかに宣言する「ルール ブルー」。この先、AIが香りを設計する時代になっても、そこに最後に署名を残すのは人間なのだ。

今月のBeauty Tips

澄んだ柔らかな空気感はまさに蒼の時
ベルガモット、ローズ、ジャスミン、アイリス、トンカビーン、ヴァニラの6つの香料。これらはゲランの香りの象徴であり、「ゲルリナーデ」と呼ばれるが、「ルール ブルー」ではこの中のとりわけアイリスとヴァニラに光を当てている。アイリスとマシュマロのような優しい甘さのギモーヴ アコード、さらにはオレンジブロッサムが咲き誇る中に、限りなく透明なオゾニック アコードをプラス。澄んだ柔らかな空気感はまさに「蒼の時」。

ゲラン ルール ブルー オーデパルファン 30ml ¥12,320、50ml ¥17,600

photos & text: Aya Aso


Information

ゲラン
tel: 0120-140-677
https://www.guerlain.com/jp/ja-jp

Profile

麻生 綾 AYA ASO

美容編集者/ビューティエッセイスト 東京育ち。メディアの美容記事、美容コラムを担当して37年目。『25ans』『婦人画報』(ハースト婦人画報社)『VOGUE JAPAN』(コンデナスト・ジャパン)『etRouge』(日経BP)各誌で副編集長、編集長も務めた。メイク、スキンケア、ヘアケア、香り、ヘルスケアetc.と全方位的に詳しいオールラウンダー。趣味は(も)美容、美味しいもの探し、鬱(うつ)アニメ観賞、馬骨。服もかなり好き。

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