きれいをつくる女性たち 「ナチュラグラッセ」吉井利依

Beauty

2026.05.22

きれいをつくる女性たち 「ナチュラグラッセ」吉井利依

“バトンをつなぐ”という想いに共感し、協業を決意

幻の和ハッカとの出会いを主導したのは、かつてのブランドマネージャー矢内真樹子(現・取締役)だ。旭川市のお店で販売していた精油を手にし、清涼感とほのかな甘みが同居する香りに魅せられ、思わず、連絡したそう。


矢内真樹子さん

──初めて見かけたのですか?
矢内 ハッカというと北見のイメージが強く、滝上町のことは知りませんでした。でも、その電話口で国産の95%が同町のものだということ、しかも、100年以上にわたり栽培が続いているというのを教わりました。最盛期の1930年頃はオホーツク地域のハッカが世界シェアの70%を誇っており、滝上町も一翼を担っていました。ところが、1960年代に安価な海外産ハッカの台頭と、合成メントールの開発によってエッセンシャルオイルの需要は激減。今でも和ハッカを育てる農家はわずか5軒であると聞き、現地を訪れました。

──突き動かされるものがあった。
矢内 そうですね。和ハッカ生産のリーダー的存在である瀬川博さんは農家の4代目になります。
父からの、畑の中心にあるみんなで使う蒸留釜を「つぶしてはならない」という言いつけを守るために、厳しい時代を乗り越えてきたと話してくれました。栽培人口の少なさから、専用の農機具と登録農薬もない。そのため虫害にあってもなす術がない上に除草剤もないので、人の手でこまめに草むしりをしないといけない。それでも手間ひまをかけてハッカを育てるのは「使う人の笑顔が見たいから」というエピソードを聞いて、この方たちと一緒に仕事をしたいと思ったんです。

9月の上旬に手押しの収穫機と鎌を用いて和ハッカを刈り取っていく

乾燥させた和ハッカは800kgごとに蒸留釜に投入し、精油を抽出

──心を奪われたアロマの背景に深いストーリーが流れていましたね。
矢内 私たちと似ていると、親近感が湧いて。私たちも、天然由来成分しか使わない方針を貫いています。
吉井 0.1%でも混ざってはいけません。
矢内 そうそう。『ナチュラグラッセ』の製造工程も手作業が多い。植物の力で健やかな肌を支えるという信念で、100年続けていきたい。滝上町ではバトンを受け継ぎ、1世紀は超えました。私たちが製品に取り入れることで150年の展望が描けるようになったら、こんなにもうれしいことはないですよね。

──『ナチュラグラッセ』だから全国で購入できます。
矢内 はい。もっと広めていきたいです。ただ、生産者も私たちも口下手なので、ものづくりにかける想いを饒舌(じょうぜつ)に語れないんですけれど(笑)。また、各地の生産者とも協業していきたいです。ちなみに現在は吉井と研究チームが中心となって、次の素材探しを続けています。

──吉井さんはブランディングのノウハウだけでなく、矢内さんの熱い想いも引き継がれていそうです。
吉井 日本各地には可能性を秘めた植物がたくさんあります。私たちはその研究を続けています。国内最古の薬草園がある奈良県など、健やかな肌づくりを支えるものがまだ眠っている気がして。その可能性にワクワクしています。

──2028年には『ナチュラグラッセ』の誕生から20周年を迎えます。これから描く未来とは?
吉井 2025年「植物の一滴に、すべてを込める」というコンセプトにリニューアルしました。この言葉が表すように、下地やファンデーションには美しい肌を支える成分が詰まっています。メイクをした時だけ輝くのではなく、素肌の美しさも引き出していきたい。粧(よそお)う人がもっと笑顔になる製品を畑やラボから創造していきます。100年続けるためのたすきをつなぎたいと思っています。

ナチュラグラッセ
母体となる『ネイチャーズウェイ』は、1974年に愛知県名古屋市で『ナチュラルコスメチックス』として創業。英国の自然派化粧品を輸入を手がけたのち、2005年頃から天然由来の原料を使ったオリジナルブランドを次々と発表した。そうした流れの中で、2008年に「ナチュラグラッセ」が生まれた。

photo: Tomoko Hagimoto text: Mako Matsuoka


ナチュラグラッセ
https://www.naturesway.jp/naturaglace/

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